朝鮮日報のコラム「不吉な亡国の予感=韓国」の寸止め感というか、「もしかしたらこれが限界?」感というかは何とも言い難い。韓国の現状と大韓帝国末期の状況が似ていて、かつ現状の方が状況は酷い、というのが論旨だが、書かれている中身は端から見ている分には極当たり前のことが当たり障りなく書いてあるだけだ。
グダグダ色々書いてあるが、その内容は「事大主義+外部勢力に頼った政府内(宮中内)での足の引っ張り合い」という表現に集約可能な李氏朝鮮時代から面々と繰り広げられ続けている日常に過ぎない。違いと言えば、権力抗争で敗れた側が七親等に渡って殺されることがない、ということぐらいじゃないかとすら思える。
倉山満氏は「朝鮮半島の国家は軍政の時だけ正気」といった趣旨の発言をしているが、大根切りの(ざっくりとした)表現としては十分に頷けるものだ。
韓国の第一共和国時代は日本人漁民を殺害した上で竹島の不法占領などと「反日」ではあったが、朝鮮戦争もあり同時に「反共」でもあった。「反共」故に中共の属国という立場は取れず、米国へと擦り寄ることになる。
かつてとある韓国人が「北朝鮮の金日正将軍の写真を初めて見たとき、角が生えていないので驚いた」などと述べたという記述をどこかで読んだことがあるが、これはこの時代の韓国の教科書で「北朝鮮の指導者が鬼の姿で描かれていた」ことに原因がある。ちなみに、鬼の姿が描かれた韓国の教科書はTVや書籍で見たことがある。かつての日本の「鬼畜米英」という言葉と一脈通じるところはあるが、ヴィジュアル的にはナチのユダヤ迫害プロパガンダを彷彿させる。
第三共和国(朴正煕大統領)~第五共和国(全斗煥大統領)時代が、ざっくりと軍政の時代となる。「反共」を維持しつつ、実利優先の対日、対米姿勢で経済発展に成功する。が、光州事件などを転機として、形態として民主制へと移行せざるを得なくなる。
第六共和国時代(盧泰愚大統領~現在)は、初期においては現実的な対日姿勢を維持するが、盧武鉉大統領以降で完全に訳が分からなくなる。「反共」は「反日」に取って変わり、「反米」すらも時折唱えられるようになる。
米国は韓国頭越しの中共及び北朝鮮との現実的な対話を模索し、日本は韓国の上から下までの国家を挙げた嘘付きぶりにうんざりし、ロシアは韓国の一種の異常さに立腹し、中共は使い捨て可能な「反日の手段」を手に入れた一方、シナや台湾、ASEAN諸国の住人は韓国人の現在の有様に軽蔑を隠さない…これが私の現状認識だ。
なお、中共は銅像から「格上げ」して「安重根義士記念館」をハルビン駅の一部を改装して設けた。が、これはむしろ「格下げ」ではないかというのが私の読みだ。用が無くなれば元の貴賓室に戻せば良いだけの話だからだ。
「亡国の予感」には私も同意する。が、それは「不吉」なものではなく、日本との合邦時と同様に自らが選んだ道だ。
それで何か不都合があったとしても、日本ではそれを単に「自業自得」とか「因果応報」と言う。
0 件のコメント:
コメントを投稿