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2021/06/15

メモ:台山(タイシャン)原子力発電所の環境放出放射能の増大

[追記:6/15 12:15]キセノン(Xe)検出の話をまた聞き。原子炉の運転で燃料内で生成される放射性物質なので、少なくとも燃料ピンはアウトの可能性が拡大。原子炉の運転時に生成・蓄積され、原子炉の再起動の邪魔をする特性を持つ状態もあるため、放射性/非放射性キセノン量と半減期から生成時期も推定できるぐらいの知見がある物質。ここまで来ると5chにも「ちゃんとした知」が集まってくるでしょう。[追記ここまで]

 中華人民共和国の台山(タイシャン)原子力発電所の環境への放出放射能の増大に関する5chまとめ記事を読んでいて、発言に誤りと言うか勘違いというかが結構多かったので、CNNの報道などを元に私なりのメモをざっと作ることにした。

 まず大枠の流れ。下記内容の時期は5/30ごろから6/8が主。何が問題かって、明らかに異常が起きているのに、「異常かどうかを判定する基準を動かし続ける」ことで中華人民共和国なのか中国共産党なのか知らないが「異常ではない」と主張し続け、原子炉の運転を続けていること。基準を動かすとは、まるで韓国ではないか。なお、放出され続けているガス状放射性物質の量は、これら原子炉の許認可~運転に関わっているフランスの国内基準に従えば既に運転停止必須レベルを超えている模様。余りの状況にフランスはアメリカに助力を乞うているが、バイデン政権が余りに楽観的なのは解せぬ。うっかりことが起きたら、議会と違って親中色が依然抜けないバイデン政権も返り血浴びるぜ。

  • 台山発電所のサイト外(≒発電所の敷地の外)放射線量が上昇し始めたが、中華人民共和国の原子炉規制機関が原子炉の運転停止などの基準とする「サイト外放射線量の上限値を徐々に上げ続ける」ことで、原子炉の運転を(ある意味無理やりに)継続中。
  •  サイト外放射線量の上昇の原因は、原子炉一次系(原子炉から熱を奪い、タービンを回すための蒸気を発生させる熱交換器に熱を渡す水の循環系統)から原子炉運転中に回収、周辺環境に適宜放出している希ガス内の放射性物質の増加によるものと推定(=まず疑うべき、常識的な推定)。
  • 「サイト外放射性濃度の上限値」がフランス国内基準の原子炉停止レベルを明らかに超えたため、運転に関わるフランス企業体がフランス政府に連絡。フランスにとってはいわば「想定外の未知の状況」でもあったため、フランス政府及び企業体はアメリカ政府及び原子力規制機関に協力を要請した。フランスは、スリーマイル島原子力発電所事故相当の状況を想定しているのではないかと個人的に邪推する。このメモの作成時点で、バイデン政権は「crisis level(危機的レベル)ではない」との姿勢示し、これを維持中。
  • 希ガスへの放射性物質の混入の原因として、燃料ピン(燃料棒とも。より厳密には燃料被覆管と呼ばれる筒状の部品)の破損の可能性が挙げられている(=まず疑うべき、常識的な判断)。希ガスは燃料核反応で発生するため、燃料ピン内にはバッファなどと呼ばれる空間をあらかじめ設け、燃料ピン内で発した希ガスを貯めておけるよう設計が為される。燃料ピンの破損原因としては、燃料ピン又は燃料ピンと接する部品の振動による摩耗や、運転操作ミスなどにより原子炉内の一部燃料ピンが短時間で高出力、高温となったことによる燃料ピンの変形破損がまず考えられる。摩耗による損傷は、実績の無い最新設計の燃料集合体(燃料ピンを束ねたもの。束ねる燃料ピンの数の上限を決める要因は色々あるが、例えば原子炉の燃料集合体交換用クレーンで吊り下げられる重量以下でなければないないのは明らか)を使っての運転や、設計の異なる複数種の燃料集合体が混在しての運転で起きがちである。最新設計の原子炉であるEPRの燃料はまだ前者の域を完全には脱してはおらず(2年程度?燃料交換サイクルもまだ2サイクル目か?)、現運転サイクルではフランス企業が設計、製造した燃料集合体と(前のめり気味な)中華人民共和国企業が設計、製造した燃料集合体が原子炉内で混在している可能性も有る。なお、EPR用の燃料ピンは従来のフランス原子炉(N2)用の燃料ピンよりも若干長い。

 台山(タイシャン)発電所の概要。

  • 台山原子力発電所は2基のフランス製最新型原子炉(EPR=Evolutionary Power Reactor)を有し、2基とも運転中。海に面した南部の広東省に位置し、北緯は台湾島の南端からやや南。香港は広東省を代表する都市。
  • EPRはフィンランドのオルキルオト、フランスのフラマンヴィルにも建設されたが、台山1号が世界で最初に運転開始したEPR。
  • EPRは二重格納容器を持ち、事故時でも原子炉内の放射性物質をより放出しにくい設計となっている。が、今回問題となっている原子炉一次系からの希ガスの放出は日常的に実施するものであるため、結果的に格納容器などをバイパス。ただし、固体や大きな放射性物質の気体分子の環境への放出を防ぐフィルターは一般的に設置(希ガスはそもそも直径が小さく、フィルターでは除去できない)。
  • 台山原子力発電所は許認可、建設、運転をフランス企業と中華人民共和国企業との合弁企業体が担っており、出資比率は概略フランス企業30%、中華人民共和国企業が70%。
  • 2号機は最近オーバーホール、大規模整備をした旨の発表が中華人民共和国の運転企業体からあったが、オーバーホールの理由、内容は未発表で完全に不明。 

 5chまとめを眺めながら思ったこと。

  • 「臨界」や「再臨界」の意味を理解せず、或いは完全に誤解したまま使い、誤った知識や状況の理解の拡大再生産が若干起こっている。原子炉運転中とは「臨界状態を維持している」ことと等価だから、「臨界になると吹っ飛ぶ」とか「再臨界になると危ない」と言った言説が意味を持つには、あと2段階ぐらいの事故レベルの事象進展が必要。
    ただ、燃料ピン破損の原因が「制御棒誤引き抜き」と呼ばれる事故相当の操作ミスである場合は、過去形として「臨界になると吹っ飛ぶ」とか「再臨界になると危ない」は正確ではないけれど当たらずと言えども遠からずとは言える。原子炉停止(未臨界)の状態から、原子炉の制御棒が抜かれた部分だけは臨界になり得るからだ。
  • 「再臨界!」と騒ぐのは水素濃度の上昇まで待て。水素濃度の上昇は燃料ピンなどの原子炉内金属類の酸化、溶融の可能性を強く示すサインだ。
  • フランス側から「燃料被覆管の劣化」の可能性の見解が出たとの報道があるが、ここで「劣化」は英語の"degradation"の訳だ。"degradation"の意味は広く、燃料被覆管などの溶融による「崩落」にも実は使われる。仏語→英語も直接翻訳は無理なので、仏文情報にさかのぼるべきなのかも知れない。なお炉心溶融が発生して燃料を含む溶融金属が所謂メルトダウン中の状況は、"relocation"(≒位置変更)と表現されることが多い。