2020/12/31

大晦日、だらだら

 本エントリの内容は完全に個人的なもの、主観的なものである。 しかもだらだら。

 米大統領選、というか米国を含めた世界中に動きが激しく、この年末はネットでの情報漁りに時間がいくらあっても足らなかった。少なくとも時期米国大統領の就任までは状況は変わらないだろう。

 2016年の米大統領選、私はドナルド・トランプ氏の勝利を当たり前のこととして受け入れた。だが翌日に同僚と話をしていると、オフィス内の約50人の同僚のうちでトランプ氏勝利を確信していたのが私だけだったことが分かった。まぁ、私自身がトランプ贔屓であったことは認める、つまり個人的にトランプ氏の勝利を願っていたという点は否定しないという意味だ。

 とは言え、私のトランプ贔屓分を差し引いても、当時の私の目からは「アメリカ市民の多くは、グローバリズムと呼ばれる筋の悪い何かに既に疲れている」と見えていた。別の言い方をすると、「バラク・オバマ氏やブッシュJr氏はやり過ぎた、傲慢に過ぎた」と見ているのではないかという感触だった。故にトランプの勝利に何の意外性も感じなかった。が、今にしてみると、この勝利は現在のシリアスにやっかいな米国内状況の布石であると同時に、後述する「過ちを正す」チャンスを確保する最後の砦のようなものであったように見える。

 理想的で望まれたグローバリズム、すなわち多少の不具合はあっても結果的に社会的公平性を高められるような国家間経済格差の是正などの機能を内在した(主に)経済システムの確立は、公正な競争に基づくがために非社会主義的とならずを得ず、独り勝ちを許さないものになる筈だった。主に70~80年代に義務教育を受けた「真面目な」人間なら(≒左翼的価値観に沿う人間なら)、少なくとも上記のようなグローバリズムの考え方を頭っから拒絶することはできないだろう。EUの「初期の理想」とも祖語は生じないだろう。世界中の国々で分業が進み、程度の差はあれ世界中の労働者の経済格差は是正され、戦争は不要となる・・・筈だった。

 ところが21世紀を迎えたころから、グローバリズムと呼ばれる何かの正体が明らかになり始める。端的に言えば、公正であるべきルールはチート行為で反故にされ、開発路上国や大国内の特定グループの労働者は搾取され、特定グループの経済的利益に沿うと思しき戦争が多数発生した。「東南アジアからの研修生が居なければ日本の農業は成り立たない」などの当事者からの発言は、「明確な搾取」としか見えないことを理由として、「与えられた左翼的思想の影響化にあった」かつての私の正義感からすらも許されない。ここで言うグローバリズムと呼ばれる何かは、理想的で望まれたグローバリズムとは全く異なるものだ。そしてこの一種の悪行の加害者は日本にすらいるし、一企業員である以上、私自身ですら無自覚のうちに加害者となっている可能性が否定できないのはちょっと悩ましい。

 他方、所属企業自体の活動は世界的であるから、その組織の末席に居るただの傍観者でも、グローバリズムと呼ばれる何かを利己的に利用したり、更にチート行為まで重ねる国や企業の活動の一端に触れることもあった。例えば米国の某企業群は、自分たちが儲かる限りにおいて、中華人民共和国の国策会社や欧州の大企業がグローバリズムと呼ばれる何かを理由に知的所有権を不正に取り扱うことに文句ひとつ言わない。被害者はけっこう日本企業だったりする。技術提携協定の下に米国企業と共有していた情報や技術が中華人民共和国によって使われる・・・〇〇重工さん、米国経由の可能性が高い中華人民共和国への情報漏洩、いっぱい経験してるよね?

 ちなみに英国のスタンスは昔っから一風変わっていて、グローバリズムと呼ばれる何かを信じていない風があった。BREXITへ至る原因の根っこには、EUという枠組み内で膨れ上がる「グローバリズムと呼ばれる何か」の存在もあったのではないかと邪推する。英国はインテリジェンスとは切り離せないし、米国との関係性において経済と政治をきっちり分けるという真面目さもあるし、欧州からは島扱いしかされない(≒理想的なグローバリズムでの態度を欧州側が取らない)し、まぁ、色々あったんだろうけど。

 現在の私の政治的スタンスはノンポリティクスの時代を経て、20世紀末には中道左派に移行した。煩雑さを避けるため、ここで愛国的であるかどうかと政治的スタンスとは切り離しておく。「中道左派」は戦後日本人の平均的な政治的スタンスと見なされていたので、割と皆さんと同じではないかと思う。ただ私から見ると安倍晋三氏は左過ぎるし、大昔に旧成田空港反対同盟の熱田派のシンパと一晩飲み明かす機会があったが、シンパシーは全く持てなかった。

 結局何が言いたいかというと、現在の政治的スタンスでも「理想的で望まれたグローバリズム」には賛成、現在の「グローバリズムと呼ばれる何か」には反対ということだ。本来は自分の政治的スタンスこそ「リベラル」と呼びたいのだが、「自称リベラル」とは全く別物なので使えないのは本当に問題だ。

 さて、私にとって「リベラル」と呼んで差し支えなかろうと思える人物として第一に挙がるのがドナルド・トランプ氏だ。彼は「米国第一」を唱えることでグローバリズムを、いや「グローバリズムと呼ばれる何か」を否定した。2016年、彼の言葉に正直痺れた。Redditらをチェックして、米国市民にも私と似た心証や政治的スタンスを持つ人間が少なくないことを確認した。多数の戦争・紛争の抱え、サブプライムショックのダメージは未だ癒えず、中流層を中心としてどんよりとした感じがあった。裏を返せば、米国内でも搾取する者とされる者に分断が進んでいると言う感触があったと言える。オバマ・ケアは中流層いじめとさえ呼ぶ人もいた。「バラク・オバマ氏やブッシュJr氏はやり過ぎた、傲慢に過ぎた」結果、「グローバリズムと呼ばれる何か」の恩恵を受けられない人間を米国内にも増やし過ぎた、「グローバリズムと呼ばれる何か」のうさん臭さや違和感を感じる米国市民を多数生み出し始めた・・・これはドナルド・トランプ氏にとって強い追い風に私には見えた。

 2016年、ドナルド・トランプ氏は共和党から大統領候補として出馬した。違和感は無かった。「共和党左派は、民主党右派よりもよっぽどリベラルである」のは常識だったからだ。政治的スタンスの左右と所属政党がマッチする必然性は無いからだ。そしてトランプ政権が誕生した。私はトランプ大統領の4年間を、その現行一致を貫く姿勢のみだけででも、極めて高く評価する。個々の実績も凄いものだと思う。

 2020年大晦日、日本時間の午後10時に至っても次期米国大統領は決まらない。

 今日付けの産経新聞に、戦略論・国際政治学者エドワード・ルトワック氏へのインタビューからの引用が大きな文字で掲載されていた。

 「民主主義国家はいつも弱く見えるが
  歴史的に勝利を収めてきた。
  それは過ちを正してきたからだ。」

また。グローバリズムの終焉についても言及している。

 氏は以前の著作で、中国共産党での「バナナ」の勢力拡大と、それに伴う対外政策の変化を予測していたが、少なくとも2020年中にはそうはならなかった。むしろ、「戦狼外交」に代表されるような世間知らずぶりと、国内外を区別できない頭の固さを喧伝し続けている。

 ここで「バナナ」とは、米国を中心とする資本主義社会で高等教育を受け、資本主義社会の価値観を受け入れたり理解した後に帰国した指導層、或いは将来の指導層となり得る人材を指す。彼らは外観は黄色人種、思考(中身)は白人種であることから、外は黄色で中が白い「バナナ」と呼ぶそうだ。だが、習近平体制は明らかに「バナナ」を排してきているように見える。

 ちなみに私の記憶が正しければ、ルトワック氏は米国防上の重要な肩書を最近得た筈だ。ヘンリー・キッシンジャーが大嫌いな私にとってはなかなか良い展開といえる。

  あらためてドナルド・トランプ贔屓な私から一言。トランプを次期米国大統領に。そうしないと過ちを正せないよ、きっと。あと、カナダが北米大陸初の本格的な戦場にならなきゃ良いんだけどね。

2020/12/20

サイバーパンク2077のセーブデータって・・・えぇ

 昨夜初めて「ああ、バグだなぁ」と思った事象が発生した案外バグフリーなPCゲーム「サイバーパンク2077」ですが、「プラットフォームに依存せず、セーブデータのサイズが8MBを超えるとデータが破損してロードできないどころか復旧すらできなくなる」のだとか、しかも「パッチによる修正時期は未定」と言う・・・えぇ・・・。

 で、こういう場合に当事者が”Unfortunately”とか使って良いんですかね、英語的に。

 昔々MacOSのバージョンが8のころ、とあるアプリがハードディスクの残容量をマイナスと認識するためデータ保存ができなかったことを思い出しました。実際のところハードディスクにはOSしか入っておらずスカスカだったのですが・・・「unsigned intって知ってる?」で何が起きていたか分かる人には直ぐ分かりますよね。 なんかそんな感じの凄く低レベルなコーディングミスが原因じゃないかと勝手に思ってます。

 ちなみに上述の私が経験したバグらしき挙動は視覚的なもので、進行不可能バグの類ではありません。具体的には、とある雑魚敵キャラクターが立ち止まると突如大の字のポーズを取って動かなくなる(モーション/ポーズの制御が無くなった状態?)と言うもので、歩き出すとちゃんとしたモーションを取るように再びなります。

2020/12/14

5chまとめを読んでて久々にぞわっとしたよ・・・

 これに気づいた人、見つけた人は本当にスゲーな。共有してくれた人ありがとう。 Googleマップで確認したよ。

 「E****** **********」 GARDENS・・・カッコ内を前後逆向きに読めば「**** ***** *** ****」と読めなくもない・・・ないよね。グ*****湾**キャンプの拡張話は以前から有ったけどさ・・・まさか、ね?

 で、なんで「*」だらけかと言うとですね、ちゃんとその部分の文字も書いたバージョンのエントリを公開(20:45ごろ)してから10秒ぐらい後、原因はともかくGoogleアカウントが突然無効化されちゃったんですよ、30分程。アカウント復旧ページに行っても「アカウントが見つかりません」ってね、なんかの偶然だと良いんですけどね・・・ちょっとトイレ行って落ち着いてきます・・・・ビビりなんでねぇ・・・ [追記:22:30]偶然みたいで良かった。20:40ごろからGoogleの各種サービスで不調が発生していたようですね。ただその時間もYoutubeなどはログインしなければ(=アカウントを使わなければ)使えたので、正直「ヒエッ」ってなってました。もうとりあえず*は*のままと言うことで。[追記ここまで]

 まぁ、彼の地の登録自体がオフザケという説も知った上でのエントリ作成だった訳ですが、なんかね、ごく個人的な極めて都市伝説チックな経験をいたしましたです。でも私にとっては厳然たる事実、実体験以外の何物でもない。ちなみに「ググってみると」、彼の地については8月には言及している人がいる模様。

 
ついでだから貼っとくか、冷や汗出たよ。

2020/12/11

「サイバーパンク2077」はバグだらけ!?

[追記:2020/12/14] プレイ時間も20時間に近づいてきたが、今だバグもクラッシュも一切無し。PS4版は大変みたいだねぇ・・・[追記ここまで]

 本作の購入は暫く様子見するつもりだったけど、「バグだらけだー!クラッシュだらけだー!」とのSteamでのレビューを読んですかさず購入。バグ好きの性向は如何ともしがたい。ゲーム購入は3年ぶりくらいかな?

 だが6時間程度のプレイでは1個のバグにも遭遇せず、1回のクラッシュすらも発生しなかった。残念無念、だがまだあきらめないぞー!

 ちな、PC、Core i7-10700、RTX2070Super、メモリ32GB、グラフィック設定は高ベースのカスタム(ファンが五月蠅くない上限。サブサーフェススキャッタリングは必ずON、酔うのでモーションブラーは必ずオフ)。Steam経由起動、Firefoxタブ約20+Thunderbird+タスクマネージャーを並列起動。バックグラウンドではNorton360、nVIDIAやLogicoolのソフトウェアも稼働。安定稼働のミソはメモリの余裕(約15GB)?fpsの60固定?特定のグラフィックオプション設定?

2020/12/10

契約したときの社名はIDOだった・・・

今のauである。この春に機種変更した際に書類上のとある文字列中に"ido"の文字が入っていたのを見つけ、「20世紀の話ですねぇ」などとショップ店員と笑いあった。いやマジな話、その時点であなた(=店員さん)生まれてた?

 電話嫌いで、かつアーリーアダプター志向でもない私がそう出遅れ感もない時期に携帯電話契約したのには、当然いくつかの理由があった。契約先がNTT docoomoではなかった理由は単純、そのころのIDOは巨人NTT docomoに対する紛れもない挑戦者ポジにあったことだ。No.2押しの性向は如何ともしがたい。次いで直近にサービスインが予定されていたcdmaOne(2または2.5G)通話サービスの規格仕様書(厳密にはQualcomm公開のCDMA 2000(3G)規格仕様書のcdmaOne部分)を読んで、一技術屋として技術的にほれ込んでしまったこともある(i-m〇deのそれには悪い意味で眩暈がした)。まぁ、残る理由は秘密だが、若かったんだからって辺りから邪推願いたい。

 さて、かくして20年以上にわたって私はauユーザを続けてきた。気が付けばauも今やむしろ巨人呼ぶべき存在となったが、NTT docomoはとにかく下手を打ち続けるためキャリア移行のきっかけをついぞくれなかったし、特に秘す理由によってソフトバンクは移行先の候補にもなり得なかった。が、この2、3年でちょっとだけ流れが変わった。

 元々auは端末の外観デザインへのこだわりを定期的に示してきており、auデザインプロジェクトの名の下に製品化された端末も少なくない。普段使いするものほど外観デザインは重要だ。実際、このプロジェクトから生まれた端末を幾つも使ってきた。例えばINFOBARINFOBAR2talbyneonがそうだ。今では考えられないが、00年代はほぼ2年毎に機種変更している。直近の機種変更が11年ぶりだったこととは対照的だ。だが最新のINFOBARであるINFOBAR xvは発売に至るも、製品化の可否判断やモックアップ制作にクラウドファンディングが絡み、auの端末の外観デザインへのこだわりの喪失は明らかだった。その癖ボタン強度などの機械設計の詰めよりも外観デザインを優先して仕上げられた(要は壊れやすい)製品である、との疑惑を持たざるを得ない機会が最近あった。

 まぁ、スマホ主流のこの時代に、ガラパゴス端末のデザインに金をかけるというのは確かに賢明とは言えまい。そして、キャリア間での通話・通信サービスの技術的な差も4G以降では実質的に無くなった。もうここでauをキャリアとする理由が揺らぎ始めていると言える。そして、(未だやや全体像を捉え切れていないが)NTT docomoのahamoの登場と、 12/9発表のau新プランの内容のどうしようもない残念さ加減である。商売としておいしいボリュームゾーンはそこじゃないぜ。このままでは私がauを見捨てる前にauが倒れてしまいそうだ。ahamoは薄利多売を限りなく志向する全方位作戦だからターゲットがぼんやりしてて当たり前だけど、「安い限り」はユーザの「忠誠」を買い続けられる筈だ。対してauの新プラン群は従来のプランでもそうであることが多いターゲットが明確で賞味期限付き、なればユーザの「忠誠」も賞味期限付きだし、そもそもその辺りが最初から見えてる人間には特筆するような魅力は無いだろうなぁ。

 「さくっとNTT docomoへキャリア変更」とはしないものの、「キャリアの養分」などと揶揄されつつも私がauにこだわり続けてきた理由が既にほぼ無くなっていたことにやっと気づいた瞬間だった。

 思えばauは長期ユーザには全く優しくない、何の便宜も図ってくれない。これは不満ではなく、以前からずっと思い続けてきた単純な事実である。でもまぁ、私に対してはそれも仕方なかろうとも思う。「固定料金でその十倍相当の料金の通話」という使い方を20年以上続けている、金払いの悪い客だからね。

 ちなみにa〇payなんか使ってないし、キャリアメールも実質使ってない(=使えなくなっても問題ない)。なので、ナンバーポータビリティ制度が維持されている限り、キャリア変更の敷居は低いんだよね。

2020/12/01

Kraken Wood、何なの?

[追記:2020/12/1 19:52]
 サイトの稼働を確認できたけど、某セキュリティソフトによれば、既に「Googleからフィッシングサイトなどの危険サイトとしてリポートされている」のだそうだ。果たして真相やいかに!
[追記ここまで]

  少なくとも昨晩から何かのカウントが始まったKraken Woodサイト、昨日寝る前にカウンターを確認した際には日本時間の今朝6~7時に0となる筈だったが、現時点(12/1/11:15ごろ)でもカウンターは動いている。

 今"Kraken"と言えば、アレ絡みしかあり得ないのでね、いろいろと・・・ね。

 カウンターの新しいターゲット本日13時だが、カウンターの数値の下にあるプログレスバーがまだ70%代で、昨夜最後に見た時と比べて10%ぐらいしか進んでいない。なので、またカウンターがリセットされるのでは、って気もする。(いろいろと)さて?

2020/11/26

カラシニコヴァ・ショー

  RT(ロシア・トゥデイ)はロシアの国営テレビ局で、"RT Documentary"というドキュイメンタリー動画専用の英語版ユーチューブチャンネルを持っている。個人的な魅力は軍事関係の動画が少なくなく、かつ「どこかから持ってきた既に観たことがある映像」ではない新作の映像が多いことだ。

 カラシニコヴァさんは金髪・眼鏡のお姉さんで、キロ級潜水艦の中に入ったり、アサルトライフル工場(旧イズマッシュ、現カラシニコフ・コンチェルン)やT-90戦車工場を見学したりする。それが「カラシニコヴァ(カラシュニコヴァ)・ショー:ロシアの軍事機密」だ。ロシア語の上に英語を被せた音声はちょっと聞き取りにくいけど、1本5~10分と適度に短めで、上述したように「観たことがない映像」も目にすることができる。個人的にはSu-57ステルス戦闘機の着陸脚や機種回り、あと主翼全縁の形や動きをじっくり観察してしまいました。

 最新のエピソード11は「特殊部隊スペズナズ」。センシティブな情報を含む映像なんて含んでないんだろうけど、銃などについて背景情報を持つ人なら何か見つけたりするんでしょうかねぇ。あと、訓練の犯人役?がAdidasのジャージを着ているカットで(ゴプニクかな?とか思っちゃったりして)ちょっと笑ってしまいました。

続・トリプルレッド?

 以前のエントリに「トリプルレッド?」と書いたが、理由が「ピュアに直観」なので現時点でも思うところは変わらない、変わる理由が無い。ただ理性的には、「下院はブルーで直観は外れたか」ってところは既にある。そもそも米大統領選については世論など含めた実態に関する理解度が低いから、理詰めでは結果なんて予測できない。だから、頼れるのは「直観」のみとなる。「自分の感じる風の向きと大きさのみを信じる」なんて書くと、格好つけ過ぎかもしれないけれど、つまりはそういうことだ。

 あ、赤は米国共和党のシンボルカラーであり、トリプルレッドとは共和党大統領、上院及び下院ともに支配政党が共和党の状態を指す。民主党のシンボルカラーは青なので、逆パターンはトリプルブルーというこになる。

 ドナルド・トランプ大統領の本来の政治的立ち位置が私のそれに近いことは間違いなさそうだ。「本来」とわざわざ付けたのは、トランプ大統領個人の政治的信条は共和党内では明確に左派(本来のリベラルと私が信じるところ)なのだが、党内の支持母体がエバンジェリストなどの右派であるためにどうしても政権運営が右寄りとならざるを得ないのが実態だからだ。まぁだからといって、トランプ大統領が誰かの操り人間だとか、嫌々執務をこなしているという意味ではない。むしろ彼は党内ですらディール(取引)を「強いられ」つつ、彼の得意な方法を駆使して戦っていると個人的には見てきた。大統領になっちゃったんだからしょうがない。一種の戦場にあって、彼は今も生きがいを感じながら日々過ごしているのではないかと思う。トランプ大統領は「政治屋」ではないから、エスタブリッシュメント層や〇〇〇層にとっては与しやすい相手とはなり得ないだろう。

 故に、共和党内にもトランプ大統領を敵視する、対立する勢力があるのは当然だ。また後述する事案と関連してくるが、某大企業の経営者層が「愛国者(!)」かどうかはなかなか疑わしい。

 他方バイデン候補(このエントリ執筆時点では、彼は米国の法において大統領とは認められていない)は民主党主流派であるが、現在主流派自体に力が無いため、左派(トランプ大統領の言うところ極左、左派党中の左派なのだから当たらずと言えども遠からず)に支持を求めざるを得なかった。そして早い段階から他の人も述べているように、「バイデン大統領(現在はまだ候補)時代を短命に終わらせて、できるだけ早く副大統領が実権を握るシナリオが用意されている」という陰謀論じみた考えも私も持つ。バイデン候補も納得済のシナリオかもしれないとすら思う。さらに飛躍を許してもらえるならば、なんだかんだと愛国者であるサンダース氏は、そんなシナリオを受け入れることができなかったが故に大統領選候補になれなかった、とすら想像してしまう。

 時に私以上に直観的で所謂「虫の知らせ」に敏感な私の母は、先週電話で話をした際に「選挙後の米大統領暗殺が心配」という言葉を口にした。そのような展開は想像の範囲外だったし、昨今の大統領の警護レベルはケネディやレーガンの大統領時代とは全く違うのでその場は「さすがにそれは無いでしょ」と答えたものの、敵が内部にもいる場合は確かにその限りではない。私のかつての職場には「魔法の人差し指」という言葉があった。これは「嫌な上司が急階段を下りている際に背後から人差し指で強く押したところ、翌日からその上司が会社に来なくなった」なるハートウォーミングな()とある新人社員の逸話が元となったと伝わる言葉だが、まぁ、その種の「きっかけはちょっとしたことだけど、結果は大事」が起きないとは誰も言えない。特に、バイデン候補が大統領となった場合、文字通り「人差し指1本」でいろいろ致命的な事象に繋がることは想像に難くない。

 さてこの数日は、シドニー・パウエル弁護士の表での活動本格化(例えば「クラーケンを放った」り)で、米大統領選のみならず米国政界や産業界に激震?が走りまくっているように見える。キーワードは「愛国者」、当然「反愛国的不正行為」「売国者、売国奴」も同列に取り扱われるキーワードだ。ポイントは党派すら関係ないこと。不正を為したものは民主党員、共和党員、公務員、経営者、一般市民を問わず、その行為について追及されることになる。CIA、FBIも現時点では容疑者であり、カナダなどの他国も地味に巻き込みつつ事態は動いているっぽい。この1週間ほどの言行におけるシドニー・パウエル弁護士の「策士ぶり」の評判は、多くの人々の好奇心や想像力によって拡大する一方なのが現状だ。正直、パウエル弁護士絡みの動きだけでもなかなかついていけない。幸いにして米軍が割れる兆候は現時点では無いが、直近でのエスパー長官の取り扱いについては全く状況や実態が分からない。

 トランプ大統領は任期2年半にして公約をほぼ為し(1つだけ守れていないものがあった筈だが失念)、中東状態を安定化と脱軍事要素の推進(≒当事者同士の対話の機会や対話自体の正当性の確保、周囲国がエルサレムに外交拠点を置くようになったので街中で会うことぐらいは日常的に起きるようになるよね=中東の平和/対立の判断を当事者の案件化・米国は当事者間の判断に関与しないが、望ましい判断は後押しする) 、オポチュニティゾーン設置などその多くが日本には無い経済活性化・雇用対策の実施など、結果に繋がった政策は私が理解しているだけでも結構数多い。米軍駐留費の増加要求も、一種の当事者問題化(地域の平和はその受益者たるその地域の国々が当事者)と考えれば別段不思議なところはない。なお、台湾は「米国の当事者化に成功した」と見ている。そして台湾を見ているのはむしろペンス副大統領や議会であるため、日本や韓国のケースとは展開が違うように見えるのは仕方なかろう(20~30年遅れの5年ぐらいで挽回しようとしている)。私にとっては「戦争を始めなかった」大統領ではなく、「戦争に依らない地域問題解決スキームを地域に合わせて実施した」大統領である。対イラン政策は個人的には綱渡り感があってその展開が興味深かったのだが、残念ながらコロナ禍でリセットがかかってしまったのは残念だ。

 米大統領選は未だ終わらない。それどころか、米政府、州政府、政府機関などを対象とした一種の大掃除が始まったんじゃないかと見えるような状況だ。こりゃ「トリプルレッド?」どころの騒ぎじゃねーぞ。

2020/11/24

VITAL早く触ってみてぇ

[追記] 日本では11/25の朝にはダウンロード可になってましたね[追記ここまで]

 "VITAL"は新しいソフトウェアシンセ。Youtubeなど複数個所で紹介(案件?)されていて、Free版もあるとのことなので兎に角触ってみたいと思った・・・のが11/20のこと。Dash Glitchさんの動画を観たせいだ・・・という最近多いパターンやね。ちなみにPsytranceは一切聴かないです、はい。

 で、早速ダウンロードしてみたいと公式ページに行ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。購入やFree版のリリースは11/24からだと言う。別のYoutube動画では11/21からダウンロードできるようになるとされるコードの配布だか何かが告知されていたが、まぁ、そこまで急ぐことも無かろうと本日(11/24)を迎えた訳だ。だが、まだダウンロードできない。

 タイムゾーンの問題かね、とは思ったものの、日本ですら21:30を過ぎている。公式ページのフォーラムに目を通すと、「どうしてまだダウンロードできないの!」といった投稿がある一方、MacOS上での表示バグの報告もあったりと、実態がよく見えないか~るいカオス感が漂っている。 ただ「新しいソフトシンセ」なんてニッチに過ぎるので、「炎上」どころか「騒ぎ」といったレベルにも程遠いけどね。あ、ソフトシンセの購入オプションでサブスクリプションってのは私は初めて見たね。

 ("Xfer Serum"の良いとこ+"Arturia Pigments"良いとこ)に見えなくもないところがね・・・

2020/11/21

自分が使ってきたGPUの歴史を紐解いてみる

 Youtubeのホーム画面で「さつまいもの物置部屋。」さんの動画「GPUの歴史シリーズ 総集編【ゆっくり解説】」がレコメンドされる。「GPUの歴史シリーズ」はリアルタイムで既に観ていたから流そうかとも思ったが、「なんと総集編とな!」、と言うことで拝見。「等速で観ているだけで視聴者の貴重な人生から約1時間を奪っていく(気づくと奪われていた!)」という凶悪?とも言える大作である。

 で、動画を拝見しながら思ったのが、「自分はどんなGPU(およびグラフィックアクセラレータチップ)を使ってきたのかな」だった。と言う訳で、まだ病気療養中なれど多少の体調改善が見られてきているので、自分の記憶を探りつつ文章を紡ぐ、と言う健康ならなんてことないんだけど現時点では地味にキツい負荷を自らに課してみようと思う。ただほぼ30年間にわたる話になるので、適宜ネット上の情報でチェックはするものの、記憶違いや勘違いが含まれているだろうことは明記しておく・・・ごめんなさい。

 「こんなエントリ、誰が読むのか?」との疑問はごもっとも。本エントリは誰にも読まれなくても良いんやで。

 さて、時代は90年代初頭、バブル崩壊直前のことである。私の部屋の机上にはNEC PC-9801DXがあった。本機、後に沖縄方面にドナドナされる。CPUはintel 80286 10または12MHz(スイッチ切替)、グラフィックは内蔵チップによるアナログ16色・640×400ドットだった。バブル崩壊後、EPSON PC-486(詳細型番失念)を購入。この時期にしてPCIバスを備えながら、コネクタの形状、寸法は独自規格と言う困ったチャンだった。CPUはIntel 80486DX4 100MHzとパワーアップされるが、グラフィック性能はNEC PC-9801DXと変わらなかった。そしてここまでは、正直のところPCとは和エロゲー専用機だった。若かったんやでしゃーない。

 転機はMicrosoft Windows 3.1(3.0ではない)の登場とAT互換機の日本への本格上陸(≒DOS/Vの登場)で訪れた。まず、前者はNEC PCおよびEPSONの互換機向けにグラフィックアクセラレータなどと呼ばれたグラフィックカード製品を生んだ。その一つが「I-O DATA GA-1280A」である。チップは「I-O Data ZF-16」で、16bitカラー(65,536色)・1280×800ドットをサポートし、Windows 3のグラフィック描画サブシステムであるGDIをアクセラレートする。加えて対応したゲームなら、DOS環境からでも利用できる。16bitカラーやMacやPCで絵を描いたことがある人には分かってもらえると思うけど、人間の目の色の分解能はやっぱりすごいね。16bitカラーなんて色数としては十分じゃない。

 さて、

このカードを使って遊んだゲームの代表としては、カジュアルコンバット3Dフライトシミュレータである「ストライクコマンダー」がある。辛い点は拡張バス(Cバス)が16bit幅と狭いため、16bitカラー・1280×800ドットだとフレームを下から上へと(Bitmapデータの並び順)1ライン単位で書き換えている様子が分かってしまうところだ。おそらく6~8フレーム/秒ぐらいのフレームレートしか出ていなかったろう。だが、色数、画面解像度の向上(とCバス用サウンドブラスターの追加によるオーディオ機能の画期的レベルの向上)の魅力は余りに大きく、「Windowsに進むにしても(実はMacintoshユーザでもあった)ゲームをやるにしても、次に買うのはAT互換機だ」との意を強くした。

 そしてAT互換機が本格上陸、国内でも流通し始める。加えて職場には元々米国製機器が多かったため、制御用としてAT互換機を普段から触る機会が多かった。あまつさえそのころには、勝手にLANケーブルを張り、昼休みにはFPSの「DOOM」の対戦プレイまでするようになっていたのだ。ちなみに会社のAT互換機でメジャーだったグラフィックチップは「S3 Trio 32」だった。

 初AT互換機(以下、PC)はプロサイドのBTO機で、CPUはIntel Pentium 100MHz、グラフィックチップは「S3 Trio 64」だった。まだ駅前に大きな駐車場があったころ、同期入社の同僚と車で秋葉原まで出かけての購入である。購入タイミングは実はPentium 120MHz発売の翌週で、予算的理由から一種の型落ち品を選んだ形となった。S3 Trioシリーズにはドライバも含めて優等生的な印象がある。ドライバのサイズが小さめでロード時のメモリ使用量が少なく、それだけゲームにメモリを割り振りやすかった。また同時に購入したゲームは、FPSの「DOOM II」、コンバットフライトシミュレータの「TFX」だった。その後もVGAの海外製ゲームを多数プレイした。あ、当時としては基盤がめちゃでかかったISAバス用サウンドカード「Creative Sound Blaster AWE32」もPC購入の同日に別途購入した。

 ちなみにマザーボードはASUS製だった。「エイサス」やで、「アスース」ってなんやねん。あ~今は「エイスース」なんか。

 90年代も後半に入るころ、「Geocities」などのホームページ、今で言うところのウェブページの無料ホスティングサービスが普及し始めた。趣味のページを立ち上げてみたりしつつ、タブレットで絵を描く機会が増えた。そこで憧れの「MGA-2064W」チップを用いた「Matrox Millennium」を購入した。正直お財布には厳しい買い物ではあったが、評判通りの発色の良さ、色にじみの無さに大感激したのは忘れられない。こいつは傑作だ。一方、このころに一旦PCでゲームをしなくなるが、それはSEGAとかSONYの所為である。

  さて、再びPCでゲームをし始めたのは、アクションゲームの「Tomb Raider」、FPSの「Quake」、コンバットフライトシミュレータの「Eurofighter 2000(EF2000)」の登場による。これらの共通点は何だろう?そう、3dfx社のゲーム向けOpenGLサブセットであるグラフィックライブラリGlideに対応させるパッチが早々に公開されたVGAグラフィックスのゲームだ。そして私のPCのMillenniumの隣の拡張スロットには、すぐさま「Voodoo」チップを積んだ「3dfx Monster 3D」が刺さる。ちなみにMonster 3Dはゲーム以外に用途が無いのだが、Glide登場時の衝撃は余りに大きく、パッチを当てたゲームの見栄えやフレームレートは別物という価値は何物にも代えがたかった。

 Voodooは今でもお気に入りのチップと言って良いのだが、結局Monster 3Dカードは更新されなかった。3dfx社の迷走も原因だが、Microsoft社のDirect3Dの普及、高機能化と、所謂GPUの登場が止めとなった。例えば「EF2000」のアップデート版「Super EF2000」はDirect3D対応のWindows専用版として登場し、「nVIDIA GeForce2 MX」上で快調に動作した。ここで唐突なGeForceの登場となったが、これはWindows98からWindows2000への移行と機を同一として新PCを自作した際、既存パーツがほとんど引き継げなかったことに起因する。最近は落ち着いているけれど、このころはグラフィックカード用の拡張バス含め、様々な規格が頻繁に更新されていたのだ。AGP!、AGPって何だ?引き継げたのは、おそらくフロッピードライブぐらいだったのではなかろうか。

 ところで「nVIDIA GeForce2 MX」については特に思い出がない。繋ぎのつもりで中古品を使ったことや、特にトラブルを経験しなかったからだと思われる。では、繋ぎの先として何を予定していたのか?そう、nVIDIA社に吸収された元3dfx社チームが開発を主導したとされるGeForce FXチップ使用のカードであった。「Voodooの夢、再び」・・・の筈だったのだが、最初の「nVIDIA GeForce FX 5800」は有名な「爆熱爆音」チップとなり、さすがにこれは購入を躊躇せざるを得なかった。結局「nVIDIA GeForce FX 5900 Ultra」チップを用いたMSI社のカードを導入したのだが、ハードとしての性能的なリープ/ジャンプは常識的な範囲に収まっており、「Voodooの夢、再び」とはならなかった。ただ発色は良く、色にじみも無く、画質には文句なかった。そして再びPCでゲームをしなくなるのだが、おそらくインターネットへの接続コストが低下して所謂ネットサーフィンしている時間が伸びたことと、仕事が忙しくなったことが原因ではなかったかと思う。

  件の「nVIDIA GeForce FX 5900 Ultra」のカード、結構長く使っていたのだがゲーム用途では使っていなくてもやっぱりファンが五月蠅めではあった。その後会社の後輩から貰った中古の「nVIDIA GeForce 6800 GT」チップ使用のカードを経て、「nVIDIA GeForce GTX 640」チップ使用のカードに落ち着いた。これはもうゲーム使用を考えてはいない選択だ。「五月蠅いのは嫌、追加電源は嫌」と言った意思が透けて見えるではないか。チップのアーキテクチャーも電力効率重視のKeplerである。

 ここで何度目かの転機が来る、趣味の3Dモデリングの本格化だ。

 対象となるアプリケーションは「Newtek Lighwave3D」だ。3D描画速度命っぽいアプリなのでGPUにも投資すべきと考えるだろうが、それは半分正しく、半分間違っている。この種のアプリではDirect3DよりもOpenGLでの描画性能が重要で、nVIDIA社製品なら「GeForce」シリーズではなく「Quadro」シリーズのチップを積んだカードを選ぶのが正道と言える。だが、「Quadro」シリーズはめっちゃ値段が高い。次いで、3Dモデリングでの3D描画は間欠的、部分的であり、高フレームレートで常に画面全体が再描画され続ける3Dゲームとは描画挙動が異なる。故に、当時は3Dモデリングのために高価なゲーム向け高性能カードを選ぶことは、コストパフォーマンスが決して良いとは言えなかった。アプリの設定でチェックを一つ外すだけで、数万円高いカード使用時よりも動作が軽くなるとなれば、色々考えてしまう。もちろん、高性能カードの方がモデリング作業のストレスが小さいことは認めるし、性能が低くても問題無いといっても限度はある。

 ただこのころから多くの3DアプリがCUDAコアを描画以外の用途で積極的に使い始める。指数演算が速かったからだ。別の言い方をすれば、PCでもGPUコンピューティング的な使い方がされ始めたのだ。ならば、電力効率やメモリ帯域幅、CUDAコア数などでGPUを選ぶと言う考え方も有りとなる。3DMarkのスコアでは直接見えない指標だ。「nVIDIA GeForce GTX 640」はCUDAコア数的には大いに見劣りするものの電力効率は高く、CUDAコアの利用が始まったばかりの過渡期にはコストパフォーマンス的には(たまたま)悪い選択肢ではなかった。

 ここで「(CUDAコアの無い)AMD(ATI)のGPUはどうなの?」と思った方も多かろう。はっきり言って、上記の視点からはAMD製品は選択肢になり得ない。この分野はnVIDIAの一人勝ちだったのだ。あと、そうでなくてもAMD(ATI含む)のGPUが出てこないことは気になっていたかもしれない。実はAMD(ATI)のチップは最初から選択肢としてこなかったの実態だ。理由は単純で、Windows3.1時代に仕事で使っていた会社支給PCのATI社のドライバの出来が余りに悪すぎて苦労したため、AMDを含めて印象が悪いのである。

 より厳密に言うと、Windows3.1時代の経験からという今や不合理としか言えない理由によって、3Dゲームと言ったチップの最大性能を引き出すような尖った使い方ではAMD(ATI)製品は信用できない、と言うことだ。逆に、大解像度2画面でMicrosoft OfficeとメーラーとUnixサーバーを動かす、と言った業務遂行などで求められる緩めの条件下ではむしろAMD(ATI)のチップを選んできた。これはメモリ周りの処理がATIの方がnVIDIAよりも圧倒的にスマートで、かつ省電力で安かった時代(ただし性能も低い)の経験が尾を引いている。GPU予算をケチって、メモリ増やストレージ容量増に予算を振り向けられた訳だ。

 次の転機はゲーム絡みである。SteamでDOS時代の古いゲームを漁っていたところ、Ubisoft社の「Farcry 3」が大幅値引きされて売られているのに出くわした。「FPSもHalo以来だねぇ」などと思いつつ気軽に購入ボタンをぽちったのが、今回のその転機ってやつである。結論から言おう。

 「Farcry 3」は面白かった、来月発売の「Farcry 4」も買おう。そして「nVIDIA GeForce GTX 640」は能力不足も甚だしい。ここでは関係ないけど便乗しておくと、「Farcry 5」は完全なる糞だ。

 で、会社の後輩に「どうしよう?」と相談したところ、後輩が余らせていた「nVIDIA GeForce GTX 960」チップを積んだカードを、翌日の朝、オフィスの私の机の上に不法投棄してくれることになった。翌日回収されたカードは、さっそく私のPCで再利用されることとなる。気が付くと、3DCG業界の定番ツール、アプリのCUDAコアの利用は一気に加速していた。またCPUの能力不足も顕著となり始めていた。

 説明順が逆となったが、「Matrox Millennium」を使い始めるあたり以降からここまでのPCは全て自作機だった。ただ歳を喰ってくると、悲しいかな自作もちょっと面倒臭くなってくる。新しいBIOSも今ほど簡単に入手できなかったし、相性問題の情報も今ほど充実してないし、とにもかくにも「情熱とでも呼ぶべき何か」が要る。各種規格が乱立し、将来の主流規格が見えにくいとどうしても腰が重くなる。私の場合、メモリの規格にいまいち追いていけなくなった(≒記憶していることだけでは店頭で判断できなくなり始めた)のがきっかけと言って良い。その4年ほど前には5台のPCを自作、LinuxをOSにケルベロス型クラスターを独力で構成して仕事に使ってたのにね・・・ちゃんと通信頻度を考えて作ったプログラムによる並列計算はやっぱり速かったなぁ(遠い目)

 と言う訳で、以降のPC本体は全てDell社のXPSシリーズとすることになる。昔からXPSシリーズのミソなのかクソなのか分からないところは、電源自体が悪いと思ったことは無いものの、電源容量に本当に余裕が無いことだ。このため、キャンペーン価格だとお得感あるぐらいの安めの価格で入手できる反面、電源容量的に無茶な構成への機器交換は最初からあきらめた方が良い。Dell社の「やや安かろう、やや良かろう」具合は、私の感覚では長期にわたり絶妙なところを突き続けている。

 最後は駆け足で、特に面白い話も無いので、直近のDell XPSシリーズでのCPUとGPUの組み合わせの変遷を列挙しておこう。

  • Intel Core2 Duo E6600 + nVIDIA GeForce GTX 960
  • Intel Core i7-4790 + nVIDIA GeForce GTX 960
  • Intel Core i7-4790 + nVIDIA GeForce GTX 970
  • Intel Core i7-4790 + nVIDIA GeForce GTX 1070
  • Intel Core i7-10700 + nVIDIA GeForce RTX 2070 Super

 直近での「もう*TX *70で良いやん」という割り切り感が我ながら凄いですな。

 ちなみに「nVIDIA GeForce GTX 960」はSONY PS2とともに自治体の電子機器類リサイクルボックスに行き、そのごく一部は東京オリンピック?!のメダルに含まれている可能性がある。「nVIDIA GeForce GTX 970」はオフィスの同僚の机上に不法投棄され、その後はその同僚の自宅にて暗号通貨のマイニングに短期間ながら従事したと聞く。「nVIDIA GeForce GTX 1070」は処分保留中であり、私の自室にあって最凶の鈍器のオーラを纏いつつ、モニタの前からすぐ手の届くところに現在横たわっている。特にバックプレートが頼もしい。

 んじゃ、GPUと言えばやっぱり3DMarkベンチなので、結果が残っているものだけ。

2020/11/19

「これは政治的に正しいのか?」

 昔読んだ書籍の内容が正しく、かつ私の記憶が正しければ、私の「ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)」という用語との出会いは2002年末となる。件の書籍はディーン・タカハシ著「マイクロソフトの蹉跌」(2002)で、この書籍によればエントリタイトル記載のセリフの主はマイクロソフト社のビル・ゲイツとされる。

  「マイクロソフトの蹉跌」は、優秀だが心折れてしまった優秀なゲーム開発者を主人公に据え、彼が一兵卒としてマイクロソフトに身を寄せるところから始めて、仲間を得ては失うを繰り返しながら、ついにはゲームハード・ソフト事業をリーダー兼エバンジェリストとしてマイクロソフト内で実現してしまうまでを描くノンフィクションである。実際のところはともかく、主人公に心寄せれば、それこそ「主人公の自らによる魂の救済の物語」とも読める内容となっている。なお、本エントリでは主人公や彼のやったこと(やっちまったことも含む)には踏み込まない。学究肌で茶目っ気もある優れた技術屋で、かつ複数の長文エントリが書けるぐらいのエピソードに事欠かない人物なので、ちょっと触れるだけなんて扱いはもったいないんだ。

 さて事業の実現も大詰め、主人公は経営陣も出席する会議で1分半程の技術デモを公開した。デモ内容自体はインパクトあるものだったが、デモを観終わったゲイツは開口一番、「これは政治的に正しいのか?」と発言したらしい。問題のデモのタイトルは"Two To Tango"、この発言の理由は「登場する黒人女性が攻撃的過ぎないか?」或いは「黒人女性とすることで過剰に攻撃的に見えないか?」とされる。では、現在Youtubeで観ることができる、社外に出た時点での"Two To Tango"を観てみよう。あ、「アフリカ系女性」と書くべきなのだろうか?
 これが「ポリコレ」ってやつの一つの結果だ。そして、これはもうほぼ20年前の出来事なのだ。ポリコレはあっという間にハリウッドを席巻、現在はゲームを完全に飲み込もうとしている。が、20年前に一度、ゲームはポリコレにきつい一撃を受け、完敗を喫していたことになる。この辺りの真偽や前後の時代的状況を明らかにしてまとめれば、大学の卒業論文や大学院の修士論文ぐらいには十分に値すると思うのだが、誰か挑んでくれないだろうか。ポリコレはここ10年とかのものではなく、20世紀から世紀を跨いで持ち込まれたものなのである。

 ポリコレの次のターゲットはどこだろう?このブログの他のエントリも読んだことがことがある奇特な方なら、私が考えそうなことは分かるよね?キーワードは既に世界共通語となった"MANGA"や"ANIME"、突破口は「定義が曖昧」という政治的脆弱性を持つ"HENTAI"だ。

2020/11/16

続・Dell XPS 8940 System BIOS 1.0.4、やらかす?

  昨日Dellのサポートページを見ると、BIOS 1.0.5がリリースされていた。バージョンアップの内容は「起動時のCPU温度センサ検出値異常への対策(みたいな感じだったかな、斜め読みなのでかなり適当です)」と言うことで、BIOS 1.0.4へのアップデートで私のPCで発生した「音声デバイスの出力端子の異常への対策」ではない。

 結論から書いておくと、バージョン1.0.5へのアップデートでは「音声デバイスの出力端子の異常」は全く発生していない、まぁ良きかな良きかな。

 なお、「バージョン1.0.4(異常あり)→1.0.3(異常なし)→1.0.4(異常あり)→1.0.3(異常なし)→1.0.5(異常なし)」という私のアップデート経験からは、バージョン1.0.4のオーディオ周りの不具合には明らかに再現性がある。ちなみにWAVES | MaxxAudio Proというオーディオ絡みのアプリ、ドライバ、サービスは全てBIOS 1.0.3の時代に削除している。またいったん古いバージョンとしたRealtek High Definition Audioのドライバは、BIOS 1.0.5へのアップデートに先立ってWindows Updateによって勝手にアップデートされた、と言うか元に戻されていたことを付記しておく。つまりRealtek High Definition Audioのドライバは特に悪さはしていなかったのだろう、と言うことだ。

 ついでに蛇足話を2つ。

 一つ目はWAVES | MaxxAudio Proについて。

 WAVES | MaxxAudio Proはサウンド・チューニングツールであり、イコライジングや仮想サラウンド技術を用いて「実際にPCが使用される環境で良い音を実現」すると言うのが触れ込みだ。最近はプレインストールしているメーカーPCも少なくないようである。だが、それは音の定位(聴覚上の音の位置)や周波数分布・波形を変え、時に残響音や他の音を原音に付加する。

 これら音の改変は私にとっては改悪や誤魔化しとしか思えないため、そんなものがプレインストールされていると知った時点で躊躇なくアンインストールしてしまった。と言うか、WAVES | MaxxAudio Proの存在に気づくまで、聞くに堪えない音しか出てこなくて頭を抱えてしまっていたのだ・・・なんだこのモコモコした音は!スピーカーの位置すら決められない!・・・ネットを漁れば、明らかにWAVES | MaxxAudio Proを原因とする「新しいPCを買ったのですが、音が変です。」と言う投稿を見つけられる。

 WAVES | MaxxAudio Proは全機能オフにできるのだからアンインストールする必要は無いのでは、と考える人もいるだろう。ただWAVES | MaxxAudio Proの処理は完全にソフトウェアによものなので、全機能をオフ(実際にはバイパスしているだけの可能性もある)にしてもCPUに負荷をかけるし、ミリセカンドオーダーでの音の遅延(レイテンシ)は避けられない。「絶対使わない」以上、アンインストールするのが合理的な判断だと思う。

 ちなみにもう手放せなくなったオーディオ関連のソフトウェアとしてsonarworks Reference 4がある。私が持っているのはHeadphone Editionであり、ヘッドフォンの作り手が「良い音を実現」するためにヘッドフォンに与えた周波数再現特性を「無効にする」ことができるアプリケーションだ。この機能は「実際にPCが使用される環境ではなく、スタジオでのミキシング時の音の再現」を志向するものであり、WAVES | MaxxAudio Proがやることとはむしろ逆向きであることが分かるだろう。なおOS関して私がシグナルパスを調べた限り、音声信号はWAVES | MaxxAudio Pro → sonarworks Reference 4としかならなかった。逆順だったなら、WAVES | MaxxAudio Proをアンインストールせずに残すという選択肢もあったかと思う。他方DAW使用時のシグナルパスは良く分からなかったが、WAVES | MaxxAudio Proによるレイテンシが見込まれる以上、アンインストールがやっぱり賢明だろう。

 二つ目はBIOSのバージョンアップ頻度について。

 バージョン1.0.4から1.0.5のリリースの間隔は2週間しかない。対してバージョン1.0.3から1.0.4、バージョン1.0.2から1.0.3のどちらのリリース間隔も約2ヵ月ある。やはりバージョン1.0.4は短命に見える。と言う訳で、リリースから2ヵ月経っていないバージョンのBIOSには安易にアップデートしないことにしよう。

クルードラゴン、いきなりすげー!

  YoutubeのFRANCE24英語ニュースストリームをチラ見、SpaceXのクルードラゴン打ち上げが見事成功。

 スペースレース(米ソ宇宙開発競争)オタクの古い感覚だと、乗員がいきなり4名というだけでもそこそこの技術的リープ/ジャンプであり、十分すげーと思える。そう言えば、日本はまだ自力で宇宙に人を送り込んでいない。しかもクルードラゴンは往還機だ。ストリームされてくる船内やクルードラゴンから見える地球などの映像を見ていると、ホント、なんかSciFiに片足を突っ込んでる感がある。それは宇宙服が映画の小道具っぽいせいではなくて、サイド情報など含めて考えることで色々と透けて見えてくるSpaceXの持つ夢や野望のぎらつきのせいだ。

 とにかくも、Good speed!

 ちなみにFRANCE24英語ニュースストリームは、以前の香港のライブの丁寧さに好感を持って以降時折見るようになった。英語ストリームだが、BBCドキュメンタリーの英語ぐらいとは言えないけど、所謂ネイティブの米語よりはかなり聞き取りやすいよ。

2020/11/13

罹ったら負け

  最近電話で話す機会が増えた実家に住む両親との合言葉だ。もちろんかの流行り病のことである。ちなみに実家周辺の方が圧倒的な蔓延地域と、ちょっといやらしい状況下にある。

 とある方々は「死亡者数や死亡率が低い」ことを理由に昨今のPCR検査陽性者数の増加をそう危険視していないが、そういう方々のうちでも特にそれなりに立場のある層は、「死亡者が少なく、罹患者の重症化が抑えられている(そして今後もそうだろう)理由」として「流行り病に対する医療的対処法が確立されてきている」ことを高確率で挙げる。自分の発言内容に対する一種の保険のつもりなのだろうか、とにかく昔からそう。まぁ間違っているとは思わない。

 「医療崩壊」しない限りはね。

 元々慎重居士気味である両親を更に慎重に行動するように諭し続けている理由はここにある。両親とも年齢が高いので「早い時期に罹ってしまう」という手は禁じ手として、「すっごく慎重な人間すら罹患するレベルの感染蔓延状態 」下で「医療崩壊のリスクが排除できる」と考えるのは能天気に過ぎるからだ。個人的に、最初っから累計感染者数なんて気にしない、死亡者数も死亡率も気にしない、現在感染者数しか気にしてきていない理由でもある。入院できなきゃ、一時隔離施設に入れなきゃ、「確立された医療的対処法」なんて有っても意味がない。強毒化などの望ましくないウィルスの変異を考えない時点でも、既にそうなのだ。

 「医療崩壊」が起きれば別の病気で亡くなる方は増えよう、労働者層が罹患し易いため経済への影響も必至だろう。個人的には「経済優先派」であるが故、その視点からも「医療崩壊」は許容できず、「医療崩壊のリスクを元から排除した言説」にはいら立っちゃうんだな。

続・Cubase11へアップデート(年貢支払い)

 先のエントリでは触れなかったけど、Cubase Pro11のライセンス認証(アクティベート)には一悶着どころではないゴタゴタがあった。漠然と「認証サーバーかユーザデータベースの管理サーバーのどちらかにトラブルが出ているな」と考えていたが、どうも当たらずとも遠からずだったよう。

 今朝(11/13)、おそらく製品ユーザ全員に向けてと思われる、Steinberg社プレジデントからのメッセージのメールが届いた。状況だけ抜き出すと、認証サーバーの能力が負荷(認証要求)に追いつかず、ライセンス認証がなかなか進んでいないということらしい。このため、Cubase Pro11の「アップグレード及びアップデート」の販売を現在中止しているとのことだ。あとメッセージ中には、「ライセンスが失われることは無い」、と明記されている。まぁ、この一文が無いと未だ認証が成功していない人は不安だろう。

 ただ新規通常版やアカデミック版の販売は続けていることから、「サーバーの能力≒ハードウェアの計算能力」の不足がそもそもの原因ではなくて、ソフトウェア的なトラブルか、ストレージやメモリといったサーバーの構成機器のトラブルを起点として、一部サーバーの停止などによる「サーバーの能力≒ハードウェアの計算能力」の不足状態が発生しているのでは、と言う気はする。もともとブラックフライデー(今年は11/27)を予定に進めていた発売を前倒した結果、新規ハードウェアのテストが不十分だったとか初期不良を起こしたとか、知らんけどね。

 なお私の場合は、ライセンス管理サーバーへの接続エラーでCubase 10.5のライセンスがPC上のライセンス管理ソフト(eLicenser)上から消えてしまったり、24時間の時間限定ライセンスでいったん認証されたりと正直かなりスリリング。これらの状態、私のPC上とSteinberg社のアカウント情報データサーバー上とライセンス管理サーバー上とで、認証状態が一致していない時間があったということですからね。どの時点でどこの状態を「正しい」としてもらえるか、何気に怖い。人の手で1件づつロールバック(時間を遡ってデータを確認)しながら処理したとか、最悪のシナリオも否定はし難い。で、Steinberg社のWebページで確認できる私のアカウント情報が正しければ、私のライセンスが正常に認証された時刻はPCの電源を落としてから3時間後ぐらい、11/12早朝のことでしたとさ。

 ちなみに購入のためのショップへのログインにも当時は問題は起きていて、Steinberg社の日本語のWebページからはログインできず(リンクが壊れていたり、ログイン待ちが10分以上続いたり)、結局私は英語版のWebページからログインしました。と言うわけで、Steinberg社の今回のトラブル、実際には結構広範囲のものではないかと思ったり思わなかったり。

 あ、今見ると確かに「近日発売」になってますね。

2020/11/12

Cubase11へアップデート(年貢支払い)

 DAWのCubase Pro11を10.5からアップデート、占めて¥11,000也。Cubaseは毎年年末に0.5刻みでバージョンアップがあるため、「年貢」などとも呼ばれます。実は昨年の10.5はバグレベルの変な挙動が多かったので、結局ほとんど10(最終的に10.0.50)を使っていました。いや実際、ライセンスを持っている別のDAW、FL Studioへの本格的な移行も考えていたぐらいだったのです。

 Cubaseの助かるところはアップデートをインストールしても古いバージョンを上書きせずに残してくれること、つまり上述のように10.5をインストールした状態でも10など(残してあればや9や8でも)古いバージョンが使えることです。おかげで今年もCubaseユーザとして年末を迎えられそう・・・となりました。

 さて、Cubase Pro11ですが、新規機能についてはまだ語れません、なんといってもアップデートしてから未だ1時間程度ですから。なのですが、既にお気に入りと言うか、助かりポイントが多数ありました。代表的なもの2点だけ触れておきましょう。

  • 設定データの初期化が不要!!!
    少なくともCunbase8.5~10.5ではアップデート後に設定データの初期化が要求されていましたが、今回のアップデートではそれがありませんでした。結果、インストール完了から2,3分で、インストール前までアップデータ前のバージョンで編集していたプロジェクトを新しいバージョンで編集できてしまいました。設定データを初期化すると編集してきたファイル/プロジェクトの履歴が消えるし、プラグインデータベースも一からの作り直しとなります。これらは結構うざいんですよ。

  • とにかくイキナリちゃんと動く、10.5のような変な挙動なし!!!
    まぁ、10や10.5で編集してきたプロジェクトを読み込み、再生してみて、というレベルでのお話ではあります。VariAudioとか使いだしたら、10や10.5同様に初期不良的な変な挙動はあるかもしれません。が、10.5などは最初の起動段階で頭抱えるレベルに挙動不審でしたから、印象が全然違います。

 まぁ、ぽちぽち触りますか・・・

 今回はとっても参考になりました!つーか、アップデートのリリースを知ったのは昨夜のこの動画のおかげ、今年は例年よりアップデートが早くないかなぁ。

2020/11/04

トリプルレッド?

[22:00追記]:
2016年と比べるとウィスコンシンとアリゾナとの交換・・・ここまではあり得るかなと思ってたけど、ミシガンがあれあれって感じ、あれあれ?
[追記ここまで]

 米国Fox Newsの米国選挙ページを一瞥。

 この内容が本当なら、トリプルレッド(上院、下院ともに共和党多数。大統領も共和党)の可能性が90%ぐらいあるじゃないですか!どう数えてもバイデンが確保できる選挙人は240人プラスアルファ、トランプ再選確実っぽいんですけど。

 あ、個人的にはこれでいいです。

2020/11/02

INFOBARは遠くなりにけり

 久しぶりにとあるウェブページを拝見していて、INFOBARの(の部分写真)を観た。「嗚呼、俺もこれを使っていた筈だったんだよなぁ・・・」と、ちょっと遠い目になった。

 INFOBARは所謂ガラケーに分類されるストレート型の携帯電話で、初代の登場は2003年、2007年(INFOBAR2)と2018年(INFOBAR xv)に新モデルが出ている。厳密には「名」と「配色」を引き継いだスマホも存在するのだが、auのINFOBAR紹介ページでは触れられてもいない。やはりINFOBARは「ストレート型ケータイ」であるべきなのだろう。

 私は初代INFOBAR、2代目INFOBAR2を使った。初代INFOBARは結構売れていたようで、当時地元JRローカル線に乗っていたら、私を含む1両内の客3人が全員INFOBARを手にしていて皆で驚いた記憶がある。一回きりとは言え、ちょっと驚異的な出来事ではないかと思うし、「配色」が3台とも違ったというのも驚きだ。なんせ、用意されていた「配色」が3種なのだ。

 他者がINFORBAR2を使っているのはついぞ見なかった。ちなみに2007年はiPhoneがデビューした年であり、時代の変わり目だったのは間違いない。なお私のINFORBAR2、2年も保たず挙動不審となったが既に店頭に買い換え品は無く、当時唯一の「ストレート型ケータイ」に「一時的使用のつもり」で機種変するはめとなった。2009年のことである。このケータイ(W63K)、本体価格が約9,000円、「着うた」すらも使えない「業務用」にミートした製品で、実際、私の勤める会社の一部門で文字通り「業務用の会社支給携帯電話」として大量に使われることになる。もう、単なる「ガラケー」ではなく、「贅肉のない底辺ガラケー」(悪口ではない)と呼ぶに相応しいものだった。

 さて、この「底辺ガラケー」、実に頑丈だった。待ち受け時間も異様に長く、スイッチ類は操作し易くいい塩梅のクリック感があり、滑り止めの凹凸も適度で五月蠅くなく、純粋な携帯電話としては傑作だった。さらにその後のINFOBARがAndroidスマホとして登場したため、「ストレート型ケータイ」を望む私は機種変しようとも思わなかった。

 そして2018年11月、念願の「ストレート型ケータイ」であるINFOBAR xvが発売された。速攻で買い替える筈だった。が、まさにそのころ私は緊急入院するはめに陥り、ケータイ変更どころの騒ぎではなくなってしまっていたのだ。

 で、気が付くと2020年初春となっていた。「底辺ガラケー」はちょこちょこっとした傷はついているものの、バッテリーは元気だし、機能上の不具合も無いし、軽い。だが、使用している所謂「au 3G」サービスの2022年終了がアナウンスされ、近々の機種変は避けられなくなっていた。そして流行り病に対する緊急事態宣言発出の気配が流れ始めたころ、「底辺ガラケー」のバッテリー消費挙動が急におかしくなった。今日明日のレベルで対応要と腹を括った。

 実のところ、買い替え機種にはiPhone SE2を想定していた。理由は省略するけれども、まぁ、主に健康上、と言うか病院などの利用の関係でスマホを持つ必要も無視できなくなり始めていたのだ。だが、iPhone SE2の発売はまだ先だ。

 じゃぁどうするか、いや、どうしたか。

 実家近所のauショップに飛び込み、「飛び込みだけど良い?」と了解を取った上で、「iPhone8かINFOBAR xvのどちらか、色は問わない。在庫があればこの場で機種変する」(ほぼママ)と要望を受付担当者に告げた。

 今、私の脇に転がるスマホは白のiPhone8だ。INFOBAR xvの在庫の有無について店員は何も言わなかったが、そこには私からも触れなかった。おそらく確かなのは、「今後、私がINFOBARを使うことは無いだろう」と言うことだ。なお、INFOBAR xvに機種変したイフの世界ならば、そこには「ナスコン」配色のINFOBAR xvが転がっている筈だ。

 あ、初代INFOBARはまだ持ってます。アンテナがあるんだな~これが。

2020/11/01

Dell XPS 8940 System BIOS 1.0.4、やらかす?

 エントリタイトルにもあるDell社のPC、XPS 8940のBIOSをアップデートしたところ、内蔵オーディオ(Realtek High Definition Audio)が挙動不審になった。

 具体的には、リア、フロントともにミニピンジャック音声出力端子をシステムが認識しなくなった(未接続扱いになった)、つまり音が出なくなったのだ。また起動直後はフロントの出力だけヘッドフォンが接続されているのを認識することもあるが、ジャックを抜き差しすると二度と認識してくれない。さて困った。

 結局System BIOSを1.04(2020/10/27)から1.03(2020/9/2)に戻すことで取り合えず解決はしたのだが、いまいち釈然としないところはある。とは言え、「PCなんてそんなもん」と言えばその通り。ハードウェアは基本論理的だが、ソフトウェアはそのあたり結構怪しい。

 なお今回のSystem BIOSのアップデートはSupportAssistなるDell社のツール経由で実行した。が、よりにもよってRealtek High Definition Audioドライバのアップデートも一連のプロセスとして続けて実行させてしまったため、原因のありどころがBIOS側なのかドライバ側なのかの分からなくなってしまった。現時点では、Realtek High Definition Audioドライバも一つ前のバージョンに戻している。まぁ、時間のできたときにでも手動でアップデートしてみようと思う。

 さて、検索エンジン経由でこんなエントリに行き着いてしまった人がいたとすれば、高確率であなたのDell XPS 8940も私が経験したものと同じ不具合を起こしているのではなかろうか。もしそうなら、何も考えずにDell社のサポートページに行こう。アップデートに関してはSupportAssist経由は小回りが利かず、効率が悪い。

 さて、

 「製品の識別」欄でサービスタグを使って検索すれば、ドライバなどのインストーラのリストが表示される。次いで「Dell XPS 8940 System BIOS」欄右端の下向きの「<」をクリックして詳細表示とする。すると「バージョン」という項目が現れ、現行バージョン(1.0.4, 1.0.4)という表示に加えて「以前のバージョン」というリンクが見つかるだろう。このリンクをたどれば、バージョン1.0.3のSystem BIOSインストーラがダウンロードできる。

2020/10/16

「おにぎりせんべい」は、関東の端っこでは売られてた。



 「八十亀ちゃんかんさつにっき(TVシリーズアニメ版)」で、東京出身の主人公が「おにぎりせんべい」という袋菓子を知らないというシーンがあった。徳島県内で過ごした幼少期にあっては日常的に存在していた当たり障りのない醤油煎餅だったのだが、なるほど、就職して初めて富士川を渡って関東に来てから見た「記憶」がなかった。そもそも煎餅菓子を買ったり食べたりしなくなっていた、というのもある。

 まぁ、アニメで観たからといって敢えて探すでもなく日々を過ごしていたのだが、今日近所のスーパーマーケットで出会った・・・っつーか、たまたま「目が合った」。おにぎりせんべいは関東の端っこ、北関東の結構北側でも売られていたのだ。なお、「八十亀ちゃんかんさつにっき(TVシリーズ)」中にも言及があるが、袋裏面のはしっかりと「三重県伊勢市で作ってます!!」と書い(描い)てある。

 ちなみに「八十亀」をどうしても「やそがめ」って読んじゃうんだよなぁ・・・

2020/10/15

さらば500!

  500と言うのは、もはや旧愛車となったFIAT500S AUTOMATICAのことだ。病気と言うか体調不良が原因で面倒が見切れない状態が2年以上続き、本日ついに手元から放した。「手放すしかない」と腹決めした3月末には、いい歳してちょっと泣いてしまった。本当はGWごろには手放している筈だったが、かの流行り病の影響もあって今月まで遅れてしまった。

 まぁ、歳を取りつつ身の回りのものを整理していく過程で、割と最後まで残ったといってよい「自分のアイデンティティとのリンクが強い」、まさにお気に入りアイテムだった。限定仕様車で、しかもディーラー割り当ての1台は既に売約済だったので、入手の際にはディーラーの担当の方に結構無理をお願いした。

 さらば500!良き出会いがあらんことを!

2020/10/09

私のH-indexは?

  日本学術なんやらに関する報道を観て、自分のH-indexを調べてみました。ググれば1分もかからず分かりますよ。ちなみに病気が原因で10年以上は主筆の論文(工学)はありません。

 総合:7
 2015年以降:5

いずれにしろ2よりは良い様で、良かった良かった。

2020/09/04

生存報告、何度目?

 未だ傷病休暇中で仕事はやってない。若干の寝不足はマネージできるが、目が覚めている限りひたすらに続く頭痛は身体を起しているだけでも色々削られる。無力感が半端ない。本を読むのも未だツラい、短期記憶が安定しないのと、複視が酷いからだ。昨日、今日は時間間隔、曜日感覚もおかしい。体内時計もおかしいのか、腹が減るタイミングなどもおかしい。そんな中、やらないといけないことはあるし、色々と起きてしまう。

  • つくりが感覚的なものは観てるのもツラかったりするのが映像作品だが、何の前知識も無く観た「幼女戦記」が面白すぎて映画版まで一気観した。第一話冒頭近くでの名も無き兵士のセリフ、「魔導士!?」、で「あ、そういうことなのか」と以降は全て受け入れてしまった。
    セレブリャコーフは早見沙織さんには役不足かもなぁ・・・などと思いつつ、悠木碧さんとも張り合わないといけないからねぇ・・・
     
  • 自宅のデスクトップPC・・・ほぼ6年物・・・が突如逝く。休暇中だが、会社、と言うか会社のとあるウェブベースのシステムにインターネット経由で毎朝アクセスする必要がある。一種の生存報告とも言える半ば儀式化した行為だが、世間との接点でもある。そんな中、昨日の朝に突如として件のPCが起動に失敗した。結論から言えば、起動ドライブに使っていたSSDが突然死したようだ。BIOSから見えはするが、起動ドライブとしては認識されなくなってしまった。まぁ、兆候はあった・・・殴れば治るという類の対応でこれまで何とかしのいで来たが、ついに逃げ切れなくなったといったところだろう。
    取り急ぎシステムへのアクセスはスマホで済ませ、午前中に近所の電気屋でノートPCを買ってネット環境を再構築、午後には新しいデスクトップPCをネットを介して発注した。この3年程は買い替えのタイミングを計っていたも同然だから、発注作業はあっという間だった。要は新PCの仕様に関してほとんど悩まなかったと言うことだ。なおノートPCは数か月中には親戚のところに行く予定なので、操作はUSB接続したキーボード、マウス、表示はHDMI接続のディスプレイのみとしてノートPC自体が極力汚れないようにしている。
    と言う訳で、今月は大赤字どころの騒ぎではなくなってしまった。

  • 愛車の面倒がもう見られないという判断で、手放す方向でディーラーの担当営業と最近会話を始めた。高価ではないけど限定仕様車、刺さる人には刺さるんじゃないかなぁ。私にはめちゃくちゃ刺さっちゃったからね。

2020/08/18

2020/08/17 上野駅1番ホーム


 昨日(8/17)は月一通院の都内の病院へ。病院は駅前だし、昨今は病院が全然混んでいないせいもあって、JR敷地外で都内で過ごす時間は30分もなく、対して6時間以上を列車内か駅内で過ごすことになる。

 さて、

写真は上野駅1番ホームの広告看板だ。看板の向こう、駅の外側は上野恩賜公園に面している。このホームを使う、つまり京浜東北線下り列車を使う方ならご存知の通り、この広告看板は美術展など芸術関係の広告がまず多い。次いで、各々の時期に勢いのある業界や企業、サービスの広告が混じる。春頃まではソシャゲやなんとかpayの広告が目立っていた印象だ。あと、エステ関係の広告はいつだって強い。

 そんな広告看板に白い、広告が表示されていない場所が「複数」ある。まるで居住地最寄りのローカル駅のホームみたいな状況だ。ここ30年来、初めて見た光景っぽい。つまり、バブル崩壊直後やサブプライムショック直後ですら見た記憶が無い光景ということだ。

 美術展などのイベントが中止、延期されている影響は当然大きいのだろう・・・と、まずは信じたい自分がいる。経済状態の「直接」の反映となると全く洒落にならないからだ。う~ん・・・

2020/07/20

落ち着いたら、会いに来て。

 スマホにCOCOA(COVID-19 Contact-Confirming Application)もインストールし、今日は東京都内の漢方医院へ。

 昨今の流行り病の感染拡大状況を考えるとこのタイミングでの上京が得策ではないことは分っているんだけど、ここで処方してもらえる薬がとにかく効く(身体が即反応すると言う意味、良くなる症状もあれば悪くなる症状もあるので成分調整要)、そして処方の成分調整がもう一息なんですよ。ちなみに「左肩関節の可動範囲が狭くなったんですが、薬が原因の可能性ありますか?」となんとなく尋ねたら先生には「酷い頭痛に対する処方のヒント」になったとのこと、これ、どこまで本当なんでしょうかね。

 さて、トップの写真は上野駅内で撮影したJR東日本のポスター。とある駅に貼ってあったものを漢方医院の最寄り駅に向かう列車の窓からたまたま目撃、時間があったので乗り換え駅である上野駅内を徘徊して見つけました。駅違いの犬のバージョンもありましたね。

 「GoToTravelキャンペーンは『アリ』だが、全国一斉でやるべきは今じゃない」派かつ「地方の観光業を救う効果的な手と大手旅行代理店を救う効果的な手は本質的に別物、一緒くたに雑に論じるな」派としては、「そういうことやろ」としか言えない1枚です。これ、結論じゃなくて、出発点ね。

2020/07/16

チャリティーサウンドパック COMMUNITY DRIVE

 Native Instruments社が"COMMUNITY DRIVE"というチャリティーサウンドパックを提供中だ。もちろん、Native Instruments社製品を持ってないと本領が発揮できるものではないんだけどね。

 具体的な内容はリンク先で確認して頂くとして、要は「多くのプロミュージシャンの協力を得て無償でダウンロードできるサウンドパックを用意したよ、是非使ってね。そしてCOVID-19の影響を受けているミュージシャンやアーティストへの支援を目的としたNative Instruments社が主催する募金活動にもご協力を!」って感じかな。なおNative Instruments社自身も既にこの募金活動の対象への寄付をしており、更に支援を厚くすべくこの募金プロジェクトを立ち上げたとのことだ。

 私がこの活動を知ったのはNative Instruments社からのメールで、早速サウンドパックを有り難く頂戴するとともに、最少額レベルだけれども寄付もさせて頂いた。参加アーチスト(=サウンドパックへのデータ提供者)の顔ぶれを見渡した際、"BT"とか(暫く楽曲を聴いていないけど)知っているアーチストの顔がちらほら見られたりもあって、ちょっと素通りできなかったんだよなぁ・・・

2020/07/08

リブートしてた?!Nadège

 "Nadège(ナデージュ)"は1990年代に少なくとも6枚はアルバムをリリースしたフレンチポップユニットで、今だにお気に入りだ。クラブサウンド寄りと言って良いだろう作りのトラックと、透明感のあるボーカルの組み合わせは、オリジナル曲、カバー曲問わず、私にとってはどの楽曲もユニークで魅力的であり続けている。1枚ジャケ買いしたら大当たり・・・そんなユニットだ。

 引っ越しやら震災やら病気やらをきっかけに、時には泣く泣く、多くのCDを処分してきた(2000年ごろは1000枚以上所有していたが、今は100枚未満だ)。そんな中、"Nadège"のアルバムのCDで当時入手したものは写真の様に現在も全て手元にある(元喫煙者の所有物故のジャケットの汚れが恥ずかしいので、写真はモノクロに加工させてもらった)。なおiTunes導入時に所有していたが現時点で所有していないCDは、データのみライブラリに加えられたのち全て灰と化した(筈である)・・・私の住む自治体ではCDは可燃ごみなのですよ。

 さて、

 Nadègeの楽曲は、お洒落どうこうではなくて、トラック、ボーカル共から感じる繊細さ(みたいな何か)が聴いていて本当に気持ち良いのだ。アルバムとして聴くのが良いのだ。「アルバムをアルバムとして聴く」ことが当たり前だった時代の最終期に、或いは20世紀末に聴いていたユニットのひとつ、と言える。

 そして1999年リリースのアルバム"Saveurs"を最後に、私のレコード/CDコレクションに"Nadège"の楽曲が追加されることは無く、当然、iTunesにも追加された楽曲は無い・・・と言うか、つい1時間ほど前まで無かった。

 きっかけはiPodとPC上のライブラリとの同期作業だった。現行のメイン使用機の容量は128MBだが、いよいよ容量自体が厳しくなってきた。そこで転送する楽曲を減らそうとiTunesライブラリの内容をチェックしていたところ、よりにもよってアルバム"Saveurs"がiTunesライブラリに追加されていないことに気付いた。CDは持っているからあっさりとライブラリへのインポートはできたのだが、余りにあっさりだったため、何か時間が余った感じになってしまった。

 と言うような何ともない流れで、何の気無しに、何も期待せず、iTunesストアで"Nadège"を検索してみたところ・・・怪しい楽曲がヒットした。iTunesストアを利用するようになってから約15年間、何度か検索しつつも無かったことだ。

 "Nadège"は2018年に活動をリブートしていた、19年ぶりと言う。しかも和製ユニットだったって言うね、おフランスのユニットだとばっかり思ってましたよ。

 さて、新譜"pas a pas"(正確には"pas à pas"かな?困ったことにiTunesストアでは"pss a pas"と曲名が間違っている)は全4曲中2曲がセルフカバーだ。上記したように「私が怪しいと感じた」原因は、カバー曲のタイトルを私が知っていたからに他ならない。

 さて新譜を聴いてみて驚いたのは、19年の時を挟みながらボーカルに違和感が無い、紛れも無く"Nadège"だ、と言うところだ。対してトラックはかなり大人しくなっている。作りに感じる繊細さは変わらないものの、かつては時折感じさせられた「粗削りなようなちょっと飛ばし過ぎなような」凸凹感は全くと言って良いほど無い。まぁ19年経ってますから、ね。

 新譜収録の"Syrah"はセルフカバーだ。
 で、こちらが1997年のオリジナルの"Syrah"。

2020/06/18

tan.j's battlestar meshes are now downloadable :)

Hi! My Battlestar Meshes in the old Lightwave3D format is now available for free download from Google Drive. The download URL is here.

You can download:
  • Pseudo-Galactica type vessels; Ouroboros and Pacifica,
  • Minerva class vessels; Pleiades, Hyades and Hesperides,
  • Arvak class vessels; Sleipnir and Skinfaxi.
These meshes are the same that only Foundation3d members could download from the Resources section of Foundation3d.com. These are built by Lightwave3d ver.8-10, and their model and scene file formats are supported up to Lightwave3d 2015.
  • There is no other format mesh data.
  • There is no support related to my downloadable mesh data.
  • Please do not make any money by using downloaded mesh data or its derivatives.
Happy rendering!

 日本人で興味ある人はもう居ないと思うけど、バトルスターギャラクティカに関わる私の3DモデルをGoogle Driveを使って公開しました。ファイルフォーマットはLightwave3D 8~2015のものでかつShader使いまくりなので、基本的にShaderの取り扱いが別物になったLightwave3D 2018以降でまともに開けるのかどうかも分かりません。

ダウンロードできるのは以下の7つ。
  • Galactica型もどきバトルスター:Ouroboros、Pacifica
  • Minerva級バトルスター(私のオリジナルデザイン):Pleiades、Hyades、Hesperides
  • Arvak級バトルスター(私のオリジナルデザイン):Sleipnir、Skinfaxi
で、
  • 他のフォーマットのファイルはありません。
  • 私によるサポートはありません。
  • お金儲けには使わないでください。ただし、その種の行為を見つけても以前の様には干渉しません。
と言うことで宜しくです。

 ハッピーレンダリング!

2020/06/13

懐かし!"Pump Up the Volume"

 知人に対しては生存報告みたいなエントリ。

 "M/A/R/R/S"の1987年の楽曲"Pump Up the Volume"のPVがYoutubeでRecommendされた。懐かしいなぁ・・・っつーか、特に冒頭は恥ずかしいやらなんやらで思わずのたうち回りそうになります。"Culture Beat"の1991年の楽曲"The Hyped Affect"の0:55あたり以降しばらくとかも思わず思い出したりしつつね。

 ググってみて「"M/A/R/R/S"が"Colourbox"と"A.R. Kane"の2つのグループからなるユニット」と知って今度はびっくり、どちらのグループも良く聴いてましたね。特に"A.R. Kane"のアルバム"i"はお気に入りで、未だCDも持ってます。

 "Pump Up the Volume"は音質がより良いバージョンを埋め込んでおきます。イントロ部にマスターテープがアナログなのかなチックなクロストーク(?)っぽい音が微かに聴こえますよ。
  ちなみに"A.R. Kane"のイチのお気に入りは1989年のこれ、今でも良く聴きます。

2020/05/12

反応に困る

 YouTubeがおすすめしてきた動画のサムネイルをかなり久しぶりにクリック。観たけどさ、いやはや、色々な方向に対して何とも反応に困る・・・こんな動画の登場自体が思いがけなさ過ぎるっつーところから始まってね。

2020/04/06

We'll meet again.

 またお会いしましょう。

 同タイトルの曲を知ったのはスタンリー・キューブリック監督の映画「博士の異常な愛情」のエンディングだ。そして、その曲が第二次世界大戦開戦の年に英国で作られたことや、戦後にはソビエト連邦による核攻撃後の英国政府の国民向けラジオ放送のオープニング曲に選ばれていたことを後に知る。"We'll meet again."または"We will meet again."という表現は、英国や英国民にとって「直面した危機に、多くの死も伴いつつも全力で立ち向かい続ける自らの姿」と不可分なものとなっているかのようにも見える。もしそうなら、この表現の持つ重みは実は半端なものではありえない。数え切れない数の犠牲が避けられないことへの覚悟、といったような様々な意味を言外にまとっているだろうからだ。

 BBC News JapanのYouTube Channelに、英国エリザベス女王のメッセージが日本語字幕付きで公開された。その表現はメッセージ終了の最後の10秒でやはりと言うべきか使われた。

2020/03/23

アニメ「映像研には手を出すな!」第12話を観る!

 まぁ今回は「どうにかします。」ときっぱり言う以外に金森に見せ場無しも致し方なし。「納品ネタ」は下らないだけの只のネタとしての機能しかないから見せ場にもならないですよ、この程度の逆境下で損害賠償要求が来ること必至の手段を使う金森なんて存在し得ない。よってあれは金森ではないか、アニメの作り手は最終回に及んでも金森を理解していないかの何れかである。 Q. E. D. ・・・ってな金森メッチャスキーな面倒くせぇ奴の戯言、今回もはっじま~るよ~。

  作品が面白いとかつまらないとかとは全く別の話を今回もつらつら・・・いや。今回はつら・・・くらいかな。

  結局、アニメ版の作り手は「芝浜UFO戦争」を「(劇中で)それだけの価値があるもの」と見えるように描けなかった。どう見ても、作り手自らが原作に「足した」部分の処理すらできていないところが第一、かつほぼ全ての原因だ。こういう込み入った話を画と音響効果のみで見せるのはただでさえ難しいのに(前述の通り、わざわざ難しくしたのはアニメ版の作り手自身だ)、アニメ版の作り手はその困難を克服する姿勢すら見せない・・・或いは克服する必要性すら認識していないのか、克服する能力が実は無いのか、それともそれともまさかまさか克服できているつもりなのか!?、一視聴者である私はその判断に頭を抱え込まざるを得ない状況に追い込まれた。

  こんなもの見せられても、水崎や金森の「これは・・・」と言うセリフ、浅草の「まだまだ改善の余地ばかりだ」のセリフに説得力が宿る筈もなく、一視聴者としてもカタルシスは感じない。一貫性や客観性を伴う論理や必然ではなく、誰かの主観でしかない気分に従って組み立てられたとしか思えない今話は、先話と併せて本TVシリーズの持つ悪い部分の凝縮物と言える。「足した」ものは全て浅草に語らせる、では芸が無いどころのレベルの話ではない。本エントリでは敢えて直接は書かないけど、作り手の〇〇〇〇といったような下品な表現はかなり適切かと思う。一般的にかなりネガティブな表現、エゴの発露、ではまだまだ褒めているに等しい。

  最終話という視点から見れば、伏線(結果論から言えば、無意味なノイズ)の放りっぱなしがあちらこちらにしんどいほど目立つ。例えば、声優オーディションって何だったんだ?一貫性って何だ?論理性って何だ?何だ何だ何だ?シリーズとしてのアニメ「映像研には手を出すな!」については、改めて全体を俯瞰して別エントリ書くかもね、ここまでアレだとね、さすがにさ。

  唯一の救いは実はED最後のカット、掛け値なしに何の誇張もなく観てて「はっ」とさせられたのだ。観た人なら誰が描いたかは知っているでしょ?

 そこにあったのは「全力疾走する浅草の後ろ姿」、アニメ版の、特にこの数話で顕著だった「『(アニメ版の)作り手の天井』に頭がつっかえて窮屈そうな浅草」とは全く別の生き生きした浅草だ。原作、アニメを問わず第1話にはまだまだだったが、アニメ12話分の経験を経て達した境地に相応しい(本来劇中で描かれるべき)姿に見える。足の運びは止められない、倒れてしまうから。倒れるなら全力のまま前しかない、が、今はまだそれで良い。浅草の成長にだけフォーカスするなら今話はこの1カットだけで十分、と本気で思ってしまったのはなんとも皮肉なものだ。少なくとも私は、ちょっとだけかも知れないけどこのカットに救われた。
 「映像研には手を出すな!」・・・手を出してはいけなかったのは誰なんだろう。今回手を出した人の中には、明らかに「手を出すべきではなかった」人も交じってるよなぁ。

2020/03/16

アニメ「映像研には手を出すな!」第11話を観る!

 金森たるものこんな表情を見せてはいかん、いかんなぁw。金森メッチャスキーな面倒くせぇ奴の戯言、今回もはっじま~るよ~。作品が面白いとかつまらないとかとは全く別の話を今回もつらつら。

 今話ばかりは小さいことどころか大きいこともどうでも良いんだぜ、困ったもんだの残念回。やっつけ感満点で「それで何か上手いこと言ったつもり?」的なサムシングだ。言い訳がましく小ネタと辻褄合わせと説明不足な描写が時間方向に連続的に並べられているだけとしか思えない今話、何か言えることがあろうか・・・個人的には「あ、あの女性教師は教頭だったのか」ぐらい?

 盛り込み過ぎだったのでは?と言われれば成程とも思わなくもないけれど、ならばこそ原作由来のエピソードの一部を切るなり捨てるなり、アニメ版オリジナルの部分についても遅くともシナリオ段階での整理が必要だったんじゃないか、とはならないか。

 アニメ版では完全に切ってきていたと(捨てられていたと)思っていた百目鬼の「河童の声・・・」ネタとその周囲のエピソード、このタイミングでは最終話(!!)である次話の展開(≒ピンチ解決)の伏線ぐらいの機能を与えられてでもないとホントに存在意義が無い、時間の無駄でしかない(原作では百目鬼の実質登場エピソードとしての機能があるが、アニメ版ではその機能は当然必要ない)・・・河童そのものには前話まででも十分触れてるし、別に水中に飛び込まなくても風邪をひくことはある・・・万事、そんな感じなのが第11話。アトランティス連合ネタの仕込み?・・・とにかくセリフで説明、絵もとにかく見せただけってレベルでしょ、視聴者に対するネタのインプットとして十分に機能してるかな?百目鬼に関わるシーンをカットする「だけ」でも、3~4秒分はインプットを丁寧にできる。この時点で水崎に「河童の住む・・・かぁ」とか「アトランティス連合かぁ・・・ちょっと面白そう」とか金森の提案や浅草のアイディアの説明に対する反応として言わせておけば、後で生きる。

 水崎「河童?ラフはもう人間で描いちゃってるよ」→浅草「小さな皿を描けば良い」の展開も、「敵の設定とストーリーの説明」の後ではなく、説明の早い段階で入れるべきだったと思う。少なくとも水崎の「え、追加?」より前に、だ。そうしておけば、視聴者にとって画面内の河童(敵)と人間の見た目の区別はより容易(皿の有無だけ見ていれば良い)となり、「敵の設定とストーリーの説明」の内容をより分かりやすく伝えられたのではないかと思わずにはいられない。いや真面目な話、「敵の設定とストーリーの説明」の冒頭で浅草が「河童と人間が戦い、・・・・するストーリーなんだ。」と全体像の説明から開始すればなんてことない、一種のプレゼンテーションとして見做せば、浅草の説明はまず内容のしゃべる順番から見直した方が良い。上記の水崎のツッコミと浅草の対応は、その直後に入れられるでしょ?そうして誰か不幸になるかしらん?ん~、先行する話で触れられており、原作でも「**UFO大戦争」の肝となる「音だ!百目鬼氏!」辺りの内容はもう扱いがノイズレベルで、果たして次話でまっとうに扱われるのかも怪しい感じ。

 原作から持ってきたエピソード内のディテールも含めて必要な要素の幾つかが明らかに描かれず、必要なのかどうか分からない、少なくとも今話内だけでは何の機能もしていない(或いは、明らかに演出などが上手くなくないため機能させ損なっているようにしか見えない)要素が少なくない数、それなりの時間をかけて雑然と描かれる。が、今話の問題のふっとい根は、間違いなく演出やシナリオよりもさらに上流にある。もちろん、シナリオも酷い方だとしか思ってないけどさ。

 本作では以前から気になってはいたのだが、「構成」や「監督」の仕事って何だ?

 あと浅草の使う「マニ車」の例えなんだけど、マニ車が何か、どういう意味や宗教的機能を果たしているか、機械的構造や機能はどうなっているかを知ってる人ほど受け入れ難い(=この例えの所為で浅草の説明内容が逆に分からなくなる)のではないかと思う。まぁ、「(アニメ版の)浅草ってのはそういうことに不勉強なキャラなんですよ」ってことで意図的ならまだ良いんだけどさ、作り手もこの浅草と同レベルですよでは切ないわな。マニ車はチベット仏教系なので問題が起こることはないと思うけど、仏教系であっても民族対立・宗教対立を煽り、一般的にはテロ行為言える行動に出ている集団はある(ミャンマー国内969運動など)。作り手内には米国企業・クリエイターと一緒に仕事をしているスタッフもいるだろうに、そういう宗教絡みのネタを安易に使う(大抵において不正確か大きな誤りを含み、かつ原因は不勉強や怠惰にあるようにしか見えない)ことのリスクに気が回ってない感じは本当に情けなく見える。

 で、ラストの水崎のセリフ「全然合ってない!」は、「曲がシーンに合ってない」の意味なのか「曲とキャラの動きが合ってない」の意味なのか、あのカットでの「水崎」の発言だけに解釈に困る。まぁ、「曲調と作品の画のつくりとが合ってない」といったざっくりとした意味で、水崎のセリフだからといって特に水崎のキャラ(作画へのこだわり)を反映した言葉選びはしてないんだろうなぁと、今話のシナリオに関してはねぇ・・・

2020/03/10

続々々・某YouTube動画の再生数急増

 色々と多方面にすまねぇ、実質1本の動画で1,000 Subscribers行ってもうた。以前にも書いたけど、同じ方向性の動画をアップする予定は今のところ無いので・・・大部分のSubscribersに対してはとにかくすまぬ。可能な範囲のコメ返しでなんとかお許しを。まぁこの数字、ひょいひょい減る(24時間以内に1~2割はSubscribeが解除される。明らかに逆Subscribe狙いだけっぽい場合もある・・・)ので何時まで1,000超で居られることやら。

 この動画をRecommendしてYouTube的に良い事ってなんだろう?広告がらみなのかなぁ・・・自分でこの動画を検索してみたら、「VF-1AならAma〇on」なんていうエラくざっくりとした広告がページトップに表示されたりしましたけどね。

2020/03/09

アニメ「映像研には手を出すな!」第10話を観る!

 夕方のシーンで終わる回は当たり確率が高いのか?夕方シーンの導入と使いこなしぶりは、個人的にアニメ版の超プラスポイントなのだ、大抵ちゃんと機能してるからね。相も変わらず金森めっしゃスキー、もとい金森目ss茶スキー、もとい金森めっっちゃスキーもとい、金森メッチャスキーな面倒くせぇ奴の戯言、今回もはっじま~るよ~。

 体調がすこぶる悪いので、細かいことはほっといてサクっと行こう。作品が面白いとかつまらないとかとは全く別の話を今回もつらつら。

 ラストの河原のシーンは原作では陽はまだ高い、夕方としてきたのは意図的だろう。「夕方の河原」は学園モノのラストシーンでは一種定番ではあるのだが、まぁ、その辺りの「型」に頼り切ったシーンの作りではない。間に百目鬼のエピソードを挟みつつ、でも全体としては何気に金森回ではと思った今話、幸いにして金森のキャラブレ感はほぼ無し。ただしアバンタイトルで浅草のスケブを軽くとは言えテーブル上に放り出したのは私の金森像からは×。せめて浅草の腕の中へ、無造作に見えてちゃんと浅草が受けとれるような速度、軌道でお願い。それ、価値の流れの大事な上流源だからさ。回単独では良作感があり、アニメで「足してきた」要素については他話との不整合も無いが、原作由来の部分は他話との不整合がちまちまと有る。そこら辺が、私目線での今話の見え方、捉え方(「評価」じゃないよ)を複雑にする。

 「宇宙戦艦ヤマト2199」に関するかつてのエントリで自分の立ち位置を「物語至上主義」としたが、結局それは作品を選ばず、時が経っても変わっていないみたい。カットやシーン、第*話とかのローカルな要素は全てシリーズ全体といったグローバルな要素(≒物語)に従属、或いは整合すべきである、という考え方であり、「作品全体レベルで一貫性や論理性を重視する」と言い換えても良い。結局のところ、そういうことができる、或いはそういうことが大事だと考える作り手が決して多くないと言うことでもある。作品の出来の向上に寄与しない作り手のエゴ丸出しや楽屋落ちは悪いシグナルだ。本作も駄目だったな・・・とほぼ私の中では確定しつつある、残念ながら。

 小ネタはいちいち拾っていかないけど、あのカットは個人的に見てられなくてね、もうね、痛々しい。「アニメの監督」のステレオタイプって今はああなのか?なら良いけどさ。そういうイメージが無く、特定の人物がモデルとしか見えなかった私にはしんどい。これは私が悪いのか?第1話のアバンタイトルやアニ研特別上映会のシーンのように浅草に色々語らせるのは良い。それが浅草の設定でもあるから、アニメ版の作り手が自らの思いをそこに乗せていくのもかまわない。が、アレは違うとしか思えない、作品の質の向上に何か寄与してるだろうかと首を傾げる。

 「これは音っす。」・・・百目鬼周りのエピソードは削られ気味なので、今話のエピソードを削ってこなかったこと自体は嬉しい。今話の百目鬼エピソードは、第1話で「(学校の)対岸の時計」が紹介されていた以上、出てこない筈の無いエピソードだった。が、第9話、第10話(今話)と百目鬼のエピソードの順番を原作と入れ替えつつ、それぞれのエピソードの展開自体はほぼ原作のままとしたのは余りに拙い、プロフェッショナル「の」仕事とはちょっと思えない。当然、プロフェッショナル「な」仕事にも届かない感じ。

 結局、先の段落冒頭に記載した百目鬼のセリフ含め、順番を入れ替えたことによって生じた不整合と言うか、百目鬼のキャラ立てに絡む要素の登場順のちぐはぐさと言うかの調整が為されていないため、色々と不自然極まりない。引っかかる、というやつだ。これは、以前のエントリで危惧しつつ書いた「アニメ観て良く分からんところがあったけど、原作マンガ読んだらあっさり分かった」という状態に極めて近い。とは言え、さすがに怪力線砲/く号に関しては無理が過ぎると判断してか、「これは導かれている・・・」という「信じるか信じないかはなんとやら」的な、或いは某アニメ監督なら「とんち」と呼んだかもしれないレベルの辻褄合わせのためだけとしか聞こえない浅草のセリフが「足されて」いる。なお、ここで言う「とんち」にはめっちゃネガティブなニュアンスが込められている。

 「これは音っす。」と言うセリフは数カット足してでも第9話で出すべきであったのは言わずもがな、「音の可視化」も第9話はグレースケールだが今話はカラーという違いも意味というか、作り手の意図が全く不明だ。っつーか、とにかくシリーズ内での一貫した演出プランの欠如としか思えない状況が頻出する状態は、本当に観ててしんどい。

 「音」の時間軸が2つ有る、波形の横方向はもちろん波形自体が時間変化している、とか言うのは無粋過ぎですかねぇ・・・まぁ、横方向については何処が「今」か分からないのでなんとも、百目鬼の「鐘の音の音出し操作」の描写も純粋に理系視点で見ると理解不能(=論理的におかしい)となって詰む。もちろん、シンセやDAWなどを触っている人なら本当にイメージに過ぎないことは分る筈・・・まずこの種の鐘の倍音構成はですね・・・「操作」の単位の波形は1周期分だけに見えますねぇ・・・とかね。が、「操作」のイメージとしては直感的で、「他にやり方あるかい?」級にめっちゃ良く分かる。

 ただ直感的な表現の効果を高め、表現自体が視聴者にすとんと落ちるようにするには、やはり先行して百目鬼の異能者ぶりなりのキャラ立てをしっかりしておく必要がある。そういう要素が足りないから、表現なり演出なりに良い意味での押しが効かない、間が持たない。この期に及んでも、少なくとも私は、描写される百目鬼自身の行動から(アニメ版における)百目鬼が如何なるキャラかを読み取ろうとしてしまう。良くも悪くも「原作マンガとアニメ版は別物」との視点に立っているから、アニメ版で語られていない部分を原作マンガに基づいて補うようなことはしない。

 「これは音っす。」と言う百目鬼の両手の間には「音」がある。絵面として、周囲の「音」は既に「どこからともなく」やって来ている。そして、百目鬼は「このように書割の様に重ねてあるんです。」と言葉を継ぐ。ならば、周囲の「音」も「どこからともなく」やってこさせるのではなく、百目鬼の両手なりから出てくる、溢れてくる、配置するといった描写を「足して」「見せて」も全く問題なかろう。むしろアニメでこそこの種の描写は映えるのではないか。演出しきれるのなら、百目鬼が魔法の杖を振った瞬間に周囲の「音」が突如現れても良いし、なんならその脇で箒が踊っていたって良い。まぁ原作の百目鬼の描写は「職人」寄りなので、原作に従うならこのようなマジシャンちっくな描写は選択肢にもならないだろうけれどね。

 斯くの如く、百目鬼が音をコントロールする過程すべてを「鐘の音の音出し操作」と同レベルでちゃんと動かして描写しきってしまう、という選択肢も作り手にはあった筈だ。「鐘の音の音出し操作」の描写の出来に照らせば、それらは十分可能だったと信じる。そしてそういうアプローチを取ることで、これまでの百目鬼のキャラ立ての不足を「今話だけで」かなり補うことができたと思うのだ(私だって、論理性に乏しく、直感的な描写、演出であっても「良い」と受け入れる場合はある。このエントリ内では、TVアニメシリーズ「ラーゼフォン」の第19楽章をそんな例のひとつとして挙げている)。

 繰り返すけど、回単独では良作感がある。細かいところまで目が行き届いて作られている印象が強く、例えば無くても良さそうな「女性教師がスマホ画面を見ながら表情を曇らせる」カットなどは、一連のカット内のアクセントとして絵的にもストーリー上の意味的にも実に良く効いている。百目鬼の「鐘の音の音出し操作」も、アニメならではでちゃんと動かしつつ見せてくれている。作画に引っかかりが無かったおそらく初めての回でもある。(本ブログで言うところの)「遷移過程」の描写も手慣れたものである。

 ただ小ネタ絡みには一つ疑問があって、水崎のカバン(バックパック)を今回は公衆電話型にしたのは何故なんだろう?アニメ版でこれまで出てきたことあったっけ?とあるカットではカバンの所為で「これ水崎だよね?」って観てて+ワンテンポ入りましたよ。ちなみに原作ではこのカバン、印象に残るぐらいには出てきてるけど、単行本でしか読んでない身には色は分からんのよね。根拠無く黄色だとばっかり思ってた。
 
 2枚の絵を合成したため、右上の窓枠の整合が犠牲となっておりますが・・・。OP明けだったかのシーン内でカメラがテーブルの下から上へ緩急持って移動しつつ金森が足を組む様から顔(顎?)含む上半身までを追うカットや、上図のカメラを横移動させて3人の「いかにもな状態」を順々に見せていくカットなどは、ホント良かったね。ちなこのカットの浅草、何気に可愛いじゃねーか。

2020/03/05

アニメ「映像研には手を出すな!」第9話を観る!

 原作の「私はその昔、一軒の酒屋が消滅する現場を見た!」のセリフと表情に「金森の原点を見た!」と思った面倒くせぇ奴の戯言、今回もはっじま~るよ~。

 原作のこのセリフのコマでの金森は珍しく奥歯まで歯が一本一本描かれていて、「初めて見る表情(の描き方)だなぁ、なんか熱い!」と思っちゃった訳ですよ。改めて原作をざっとチェックしてみても、近い描写は「あんたがこのロボットに満足できないなら、『更に好き勝手描く』以外の選択肢はないんすよ!」のセリフ時とか、やっぱり「熱い!」じゃないですか。でも、アバンタイトルでの「新作を作りますよ!DVDを売りまくりましょう!貴様ら!」というセリフ中の「貴様ら!」はねぇなぁ、要らねぇなぁ・・・私の中の金森像とは完全にマッチしないんだな、これが。例えば「設定や物語を作らない浅草」や「絵を描かない水崎」に対してならともかくね、ここはドス利かせ気味で「お嬢さん方?」の方がまだ俺イメージ寄り。あ、ホワイトボードの微かな光の反射描写は良いね。

 で、作品が面白いとかつまらないとかとは全く別の話を今回もつらつら。

 今回はネガティブな引っかかりは小さなのが一点のみ。やっぱり百目鬼の扱いが雑ですよ。怪力線の発砲前後の音に関して(本ブログで言うところの)「遷移過程」中で百目鬼が独自の音を提示しつつ映像研3人の会話に割って入ってくるけど、唐突過ぎてちょっとしんどい。実は展開そのものは原作通りのなんだけど、原作では先行する話(第20話、水力の鐘みたいなもの(祭具)が登場)で「音の可視化表現」も含めて「遷移過程」中での百目鬼の描写が既にある。アニメ版ではこの先行するシーンが無いため、原作のままの展開では唐突感は出ざるを得ないんですよ。ちなみに、既に百目鬼もいるよ~ってことが分かるカットが先行して有れば、それだけで良かったんじゃないかなぁ。

 んで、浅草のセリフ「そして音だ!百目鬼氏!」から百目鬼の顔のアップの流れは原作では回の最後の3コマなので、アニメ版でも十分に「ばばーん!」となっても良い画作りになってます。このシーンもほぼ原作のままの展開、画作りなので、最終カット感のある百目鬼の顔アップのカットから次のカットへのつながりがイマイチ悪い感じ。百目鬼の顔アップカットでは、どうせなら「よし、やったろうじゃん」みたいな表情変化ぐらいもう付けてやんなよって思いました、正直。

 アニメで「足してきた」スポンサードがらみのシーンや関連する展開、UFOの目的などの金森や水崎の疑問の提示などはすっと受け入れて、とにかく先を期待。「芝浜UFO大戦争」がアニメ版の最終作品になるんだろうから、アニメ最終話に向けて色々仕掛けを「足す」のは必要でしょうね。原作の潜水艇から次元潜航艇への変更は成程&納得、螺旋商店街は裏表逆だろうと違和感バリバリだけど、確かにコレの扱いは難しいから事前の仕掛けは必要だよね。

 ただ、フルーツ担々麺屋の食事スペースから見える厨房の描写はちょっと悩ましいなぁ。何らかの伏線とかなら良いんだけど、単なる引用だったらツマらんな、と。プロによるプロの作品の引用っつーのが心底大嫌いなのでなんとも。作品内で機能していれば無問題なんだけど、「ピュアな引用」、「引用でしかないもの」は大嫌いなんですよ。自分の中で幾つか保留にはしているんだけど、本アニメシリーズでは「引用でしかないもの」っぽいカットや描写が個人的な感触として目立ち気味、少なくとも「引用される側が引用なんてしない」ことには意味があるように見えるんですがねぇ。「リスペクト」って言えば言葉の響きは良いですが、本来それは相互的なものであるべきで、一方的でかつ作品中で機能していない引用はセンスも意味も無いパクリに過ぎないとしか思えないんですね。プロがファンフィルム作っちゃいかんでしょ、それ誰得なんですか派なんですよ。

  あと、アニメ版では学校が面してるのは「芝浜湖」じゃなくて海なのかな?

 ちび森氏のシーンは期待以上の出来、大事にして欲しかったシーンなのでとっても嬉しい。冒頭に原作には無い追加設定の説明があったり、一部の客の見た目を原作から変えてきたりとかあったけど、これらは完全にプラス。原作通りの展開をあの絵のスタイル(「遷移過程」のアニメ版での描写スタイル)できっちりやりきっちゃた上で、アニメ版の武器とも言える「間のコントロール」によって雑貨店の運命を知って呆然とするちび森氏の心情が痛いまでに伝わってきてね、いや、切ない、切ないなぁ。

 作画の凸凹については、今回は「いかにもTVアニメだよね」な動かし方(悪口ではないよ)の多用や、原作の絵に作画を寄せて来た感じがひときわ強い。前者の端的な例としては、浅草が「百・・・八十万円!」と絶句するカットが挙げられようか。見開いた目の位置や大きさはほぼ不動で、それら以外の要素のみ明確に動かすという手慣れた感じの処理で見せる。小さな黒目の大きさもピクピクと変わるなど手は入っていて、手抜き感などは感じないよ。ここでの「手慣れた」は「見慣れた」の裏返しでもあって、視聴者には優しい、理解しやすいってことでもある。

 あと一見して「どのようになってんだ?」「あ、やっちゃうんだ!(褒」と思ったのが、最終カット前の浅草のトランスフォーム。マンガなら大抵コマとコマの間のものとして直接描かれることは無く、アニメでもコマ割りに対応したカット割りを使いそう・・・ん、原作に直接対応するシーンはあったかな?

 頭身の変化だけざっと追っかけると下のような感じになるけど、当然間にある絵の中には微妙なものもあるように見える。動画データが手元にあったら(ご存知の通り入手方法が無い訳ではないんだけどさ)、一度はフレーム単位で絵をチェックしてみたいね。今回使用した絵は、YouTubeに個人が上げた2分ぐらいの動画からのキャプチャしたもの、思い通りのところでは止められんよ。

2020/02/24

アニメ「映像研には手を出すな!」第8話を観る!

 原作からキャラがブレてない金森はやっぱり良いね。Канамолимєтцаский(仮)(カナモリメッチャスキー)の面倒くせぇ奴の戯言、今回もはっじま~るよ~。

 作品が面白いとかつまらないとかとは全く別の話を今回もつらつら。

 細かいことはまずは良いんだぜ。第8話でついに来た、ほぼ手放しで取りあえず言っておこう「アニメ化して良かった!」回。 半分以上はアニメ版で「足してきた」ロボ研メンバーの大活躍によるものだが、第7話と違い色気ある「アニメ」の作画も要所要所で効いている(「色気」については先行エントリ(長い、くどい)内の記述を参照くだされ)。

 段ボールを着て逃げる水崎を金森が誘導するシーンとか、ロボ研小野がジップラインを使って「飛ぶ」シーンとか、マンガでは表現しにくい、効果的な表現には手間がかかって勢いやスピード感が死に易そうなシーンが、TVアニメならではの手際でさらっと効果的に描かれている。良いね。いやマンガでもできるんだけど、クライマックスならともかく、途中で「さらっ」てのはやっぱり難しいと思うんですよ。

 作画に関しては上述のように色気があり、なんちゃって感が多少あってもそこは気にならない。キャラの表情の豊かさ、動画枚数に見合った演技のさせ方・見せ方はTVアニメのある意味真骨頂だ。理想的には「水崎の描いたアニメーション」との対比も出せることになる筈なのだが、そこは後述する視聴者に対する様々なフックなどのせいで、まぁ、良くも悪くもうやむやな感じになっている。ホント、良くも悪くも。

 作画の色気について多少具体的に触れておくと、まず運動途中の物体の移動を表す効果線やブレを模したギザギザの輪郭線の使用がある。例えば、本エントリ上端に示した金森がボードをさっと持ち上げるカット(1枚絵として見ると、「手はどうなっとんねん」とかツッコミどころはあるが)、映像研3人が「気合だー!」と文字通り気合を入れるシーンに先行する水崎が握りしめる手のアップのカットだ。高速で動いて(いるように見えて)ピタッと止まる、観ていて気持ちの良いメリハリある動きだ。まぁ、第7話の「ダンスも動きの・・・」辺りのシーンでとっても欲しかった要素と言える。

 次いで表情の豊かさ、変化はほぼ全てのキャラに及ぶ(百目鬼や1カット?しか登場しないソワンデなどは残念ながら除く)。敢えて1カ所取り出すならば、ラスト近く、水崎が両親と話をし、「さすが役者夫婦・・・」のセリフをしゃべるカット内での表情などの変化だ。定番の軽い驚きを表すような表情と(今度はゆっくりと)首が伸びるような作画(実際の人間では首を後ろに引いたり、姿勢を正したり後ろに反ったりに相当する動きか)に続き、下図のような原作には無いなんとも微妙な表情を見せる。良いね。第7話に欠けていた動きとは別の要素は、まさにこういうところなんだ。あ、ロボ研のロケット発射のカウントダウンのシーンでの、浅草と金森のカウント時の身の乗り出し具合の差や動きのタイミングの微妙な違いも良いね。そしてこういうシチュエーション下では勢いや熱を焚きつけることはあっても、それらを削ぐようなことは絶対しないのが実は熱い奴、金森なんだぜ。
 最後に目に付いた作り手側からのフック、小さな目くばせの類や、個人的な引っかかりをざっと流していこう。

 まず百目鬼は映像研所属ではないということで、今後も扱いはこれまで通りのぞんざいに見えるもののままなのだろう。話数などとの関係で百目鬼主体のエピソードは切らざるを得なかったのかも知れないが、第2シーズンは無いとしておかないと色々と禍根を残すことにはなる。セリフのある登場シーンはアバンタイトルの音声編集シーンだけだが、その後の食事シーンにはカップ麺が4つあるし、火の周りには誰も座っていないクーラーボックスが1個(その前に未開封カップ麺)あるので、いないことにされている訳ではない。まぁ、空いたクーラーボックスの横に入口があるテントで寝ているのかもしれない、原作では昼寝を(一度しか)したことがない百目鬼ではあるが。

 すっごく淡白な描き方なのだが、百目鬼の不在こそアニメ版の百目鬼の性格や行動を反映した描写なのだろう。ただこうも徹底的に映像研3人から百目鬼不在に関する言及が無いと、いよいよ不自然さの方が目立ってくる。アバンタイトルを見る限り、浅草が百目鬼に感じている距離感は、美術部メンバーに対するそれよりも明らかに近い。この辺をサポートするような描写はやっぱり欲しい。ちなみに百目鬼用と思しきカップ麺はカレー味、名はパーカーと英米っぽい。と言うことで、アニメ版では英国系1/4、インド系1/4辺りを想定しているのかねぇ。
 水崎の走りのフォームについては、第1話のカイリー号のシーンでの俯瞰で描かれたちょっと癖のあるフォームが記憶に残っている。第1話での腕はむしろ常に身体の外で開き気味で振られており、本話のそれ、特に段ボールを着ているときの前方で内側に閉じるような腕の振りとはかなり違う。ただ、後方に腕をほとんど引かない点は共通している。なお、第1話では使用人(メンインブラック)との絡みでも走るシーンがあった筈だが、そちらは特に記憶に残っていない(ので、おそらくありがちな走りの表現だったのではないか)。本話内での整合性には問題無いが、「あれが水崎の日常的な走り方ですよ」といきなり言われても、第1話から見てきた一視聴者としては「はい、そうですか」とは言いかねる。
(2020/3/4追記:第5話アバンタイトルでの水崎の走りのフォームも新たに見直すと確かに「癖がある」けど、う~ん、 第1話と本話のそれらの中間か第1話のそれ寄りかなぁ・・・駆け出した瞬間ってのもあるので、多少姿勢や腕の振りが変だったりしても視聴者はそのまま受け入れがちなんじゃばいかな。ちゃんと以前から描写してたのは確かなのだが・・・本話でのフォームの方が「極端な描写となっている」と見做すべきか・・・次話以降での描写次第ってことですかねぇ。)

 「じゃぁ水崎の箸の持ち方は?」と問われるとさすがに困る。第6話のラーメン屋のシーンでテーブルのメニュー表がラーメンを食べる水崎の口元を隠している点については先行するエントリでちゃかしつつ触れているが、「実は水崎の箸の持ち方を視聴者から隠していたんですよ」とかだったらどうしましょうかねぇ、いや伏線の観点からならむしろ見せるべきだったんじゃないかと(確認すると、別回のラーメン屋での静止画による食事カットで確かに見せているのだが、箸がクロスした状態で麺を挟んでいるので持ち方以前に変な絵なのよ)。っつーか、この時点で水崎だったら浅草や金森と箸の持ち方が違うことに気づいても良い様な、音曲浴場ザリガニもあったし学食にも3人で何回も行ってる訳だし・・・水崎家族も使用人達もこれまでの友人達や読モ関係者もどうなのよって考えると、ちょっと無理のある設定ではないですかねぇ。こういうのをご都合主義って言うんじゃないですかね、シリーズ全体の整合性は誰もみていないんですか!ちな、ラーメン屋では水崎はライトブルーのマイ箸持参だったかもです。

 これまで触れてこなかったけど、作画や演出には既存のTVアニメシリーズのDNAと言うか、雰囲気と言うかを感じることが極端に多いのが私にとっての本作の特徴だ。今話は「四畳半神話体系」を思い出しました。「監督いっしょやん」っちゃぁそうですけどね、非常にネガティブな意味で思い出した訳で、そこは言わない方が良いかと。

2020/02/22

続々・某YouTube動画の再生数急増

 私のYouTube動画「SDF Macross - VF-1A Rig Test」の再生数爆増(とその後の減少)についての最終報告です。関連過去エントリは以下。
以前のエントリで予想した通り、3週間(21日)でほぼ状況は終了しました。2/20までの4週間(28日)のチャンネルアナリシスのサマリ(まとめ)は以下の通りです。
Subscriber数(登録者数)は約+155%、Views(再生数)とWatch time(再生時間)は+999%以上と、異常な状態だったことが分かります。なお、昨年夏ごろのチャンネル収益化に必要な条件は登録者数1,000以上、再生時間4,000時間/年とのことなので、意味の無い比較ではありますが、Subscriber数はやや及ばず、再生時間は1年で必要な分以上を4週間で稼いだことになります。

 次いで、件の動画のみの再生数の2/20までの28日間の変化です。
再生数は2/1から急増、ピークは2/4で、その後は基本的に緩やかに減少しています。この再生数の99.6%がYouTube内での再生、99.4%が再生ページのリファレンス元がYouTube内の別ページです。つまりこの再生数の変化の原因は、実質的にYouTube内だけにあると言えます。

 下図は、同動画のImpression数(インプレッション数)の変化です。Impressionとは「YouTubeが動画のサムネイルを表示した回数」であり、ほぼRecommended数(あなたにおすすめの数)となります。 
インプレッション数の変化と再生数の変化との一致がかなり良いことが分かります。両者の変化の微妙な差は、下図のClick-through rate(クリック率)の変化で説明できます。
クリック率は「表示したサムネイルのうちクリックされた割合」であり、2/1以降のインプレッション数の増加とともに徐々に1/3程度まで減少しています。「再生数≒インプレッション数×クリック率」なので、インプレッション数の変化と再生数の変化に微妙な差が出てしまった訳です。またクリック率の低下は「『無駄なあなたにおすすめ』の割合の増加」を意味するので、「あなたにおすすめ」の機能(所謂Recommendエンジン)は、無駄を減らせるようにおすすめ先や数を調整した筈です。

 起きたことは単純です。YouTubeで「あなたにおすすめ」された数が4日間だけ激増、その後ゆっくり減少したため、再生数もその変化にほぼ沿って増減したというだけのことです。1年前には20回/日の動画の再生数が約60,000回/日まで増えました。実に3,000倍です。「あなたにおすすめ」された数の増加から減少へのトレンドの変化には、クリック率の低下が影響している可能性はあるかと思います。

 では「あなたにおすすめ」の急増の原因は何でしょうか?残念ながら入手できるデータからは事実上何も分かりません。ただ、急増までの1年間(2019/2/1~20201/2/1)の件の動画の統計データを見ていると、ちょっと気になるところがありました。まず再生数です。
 10月中旬から11月中旬の約1ヵ月間の間に緩やかなピークがあります。また再生数の微妙な増加は1月中旬から見られます。次いでインプレッション数です。
 増減の特徴は再生数と同じです。特に変なところは見られません。では最後にクリック率です。変動(ギザギザ)の幅が大きいのは、分母のインプレッション数が少ないことが原因です。
ここで、この1ヵ月とは違う特性が見て取れます。インプレッション数が増えると、クリック率も増えているのです!どうやらこの時期、「あなたにおすすめ」は効率の良いおすすめ先、つまり件の動画への興味が高いユーザーのグループでも見つけたようです。

 そこで、見つけたグループと興味の方向性が近そうな、しかし規模が数千倍大きいグループにも件の動画を「おすすめ」してみたら・・・というのが今回の急激な動画再生数変化に対する私の仮説です。さて!

2020/02/19

アニメ「映像研には手を出すな!」第7話を観る!

 金森の性格はきっついが悪くはない、基本冷静だが時に熱く、怒ることはまずない・・・という認識の面倒くせぇ奴の戯言、今回もはっじま~るよ~。評論でもなく、作品が面白いとかつまらないとかとは全く別の話を今回もつらつら。

 今回は出先で書いているので、原作マンガが手元にありません。視聴も出先。
⇒ 2020/2/21:帰宅後に原作マンガの内容を確認。追記などはしたけど論旨変更は無しです。

 アバンタイトルはアニメで「足してきた」水崎のエピソード。アニメーションの作画ってそういうものなのか、必要な観察眼ってのはそういうものなのか、とそのまま受け入れてしまえば無問題、画も良く、動きや展開もテンポも良く、おそらく作り手の意図通りの出来であり、面倒くせぇ私も黙らせた。OP突入時には「うむ、今回は水崎フィーチャー回か」と思った。まぁそうなんだけど、OP後は結構ノイジーで、水崎フィーチャー感は大幅にスポイルされている。アバンタイトルの優等生的な出来の良さ感は消失し、良くても「平凡」としか言えない出来となる。水崎の熱い言葉を支える画も結局視聴者に提示されないままで終わり、EDを観ている(恐らく困惑顔の)私の耳元で何者かが水崎の声で囁く。

「『アニメ』に『アニメーション』が表現できないのは当たり前じゃん!」

そりゃそうかもしれないけどさ。

 ここで言うノイズとは、金森のキャラのブレ、百目鬼の描写の原作とのギャップの大きさと見てて悲しくなってくるような扱いのぞんざいさ、原作マンガの絵をそのままなぞったために意味が不自然にならざるを得なかった?カット、動いてはいるけどなんちゃって感の凄い作画などである。

 なお「巨神なんたらvsウルトラなんたら」的なサムシングはどうやってもあーなっちゃうのは避けられそうにないので、私は最後の最後まで「アニメではやらない」ことを期待していた。妄想シーンなので、前フリの追加やBGMのサポート、光線やバリヤーの描写を「浅草らの手描き風」にするなど、他の妄想シーンとの整合性は最低限取らないと、ね。でも、そこまでやっても馴染んだかは分からない。

 さて、

百目鬼の登場が早くなったり美術部が登場してしまったりしているため、映像研内での打ち合わせのシーンはどうしても原作そのままとはいかない。今回の打ち合わせ時の金森の描写は、やたらイライラしているように見えてしまって個人的にはいただけない。舌打ちにもいろいろニュアンスはあるんスよ。イライラ状態というのは一種の思考停止状態だから、浅草らの状態に対して常に「どうしたものか、どうすれば良いか」と考えているという私の金森像と全く一致しない。さすがの金森でも「あんた何してくれてんだ!」となる描写は原作にもあるが、今回の内容はまだそうなるレベルのものじゃない。今回の金森の描き方は、全体として薄っぺらで、頭悪そうに見える方向にブレている。

 百目鬼についてはキャラデザ、声ともに原作よりは可愛い方に寄せてきていて、登場時には違和感が凄かった。そのうち慣れるだろうと思っていたが、制服をちゃんと着ているという見た目から始まり、どうにも原作のキャラからアクを抜ききったような淡白な描き方に違和感がぬぐえない。よりにもよってロボットの歩行「音」に関するシーンにも登場させてもらえず、扱いがどうしようなくぞんざいに見える。

 百目鬼は原作中、最もアクが強く、実世界にいても扱いにくいキャラだろう。そういうところが描写に全く見えてこない。「連れション文化圏の人ではない」という言及すら無い。かといってアニメ独自のキャラ付けがあるかと言えばそんなものも無く、原作には出ない久保(美術部)の方がより丁寧に扱われているようにすら見える。金森による直接の言及も有るし、打ち合わせシーンのとあるカットの思案顔の金森の視線の先には明らかに久保がいる。

 今話の美術部との打ち合わせシーンは、レイアウト固定で汗ダラダラな描写(浅草自身は「よくある演出なのでワシは嫌い」と言いそう)と分かり易いまでに浅草の試練シーンとなっていた。前話では数カットを使った天候の変化で表現したと思しき要素が、今話は汗ダラダラ1カットで終わりである。本シリーズにおけるこの種の描写に対する一貫した演出プランの不在は間違いない。「美術部との打ち合わせ+浅草の試練」はアニメ版で「足してきた」要素だが、一貫した演出プランの不在は、その要素のシリーズ全体やストーリーの中での重要度が、作り手内で曖昧なまま共有もされていないということだろう。逆に言えば、ストーリー展開や浅草以外も含む今後のキャラの挙動などに影響しないというレベルということか。ならまだ良いが、「久保の為」なんてことだったら、「いや、百目鬼に手をかけてやれ」ってなりますよ。

 次いで、原作マンガの絵をそのままなぞったために意味が不自然にならざるを得なかった?カットについてだ。

 銭湯で金森が浅草にお湯をぶっかけ、お湯でゆがんで見える浅草の顔?を水崎が観察するシーンがある。「浅草の顔?」がポイントである。この時点で私の記述に引っかかりを感じたり先の展開が読めた人は、私より面倒くせぇ奴に違いない。

 マンガの場合、「お湯でゆがんだ浅草の(オモシロ)顔」をコマで見せてから水崎が「もう一回!」と金森に声をかけるコマで、「水崎はお湯でゆがんだ浅草の(オモシロ)顔を観察しているのだな」と大抵の読者は解釈するだろう。マンガのコマを追うタイミングは読者に委ねられており、更に続くコマの解釈の有無も同様である。一般的に同一のシーケンスを表す一連のコマ運びが繰り返された場合、読者による各々のシーケンスの意味の解釈は最初のシーケンスを読んだ時点で為され、2回目以降のシーケンスで新たに解釈し直すことは稀である。つまり、2回目以降のシーケンスのコマに視線を送ってはいても、流し見しながら「同じことが繰り返されている」という確認をしているだけというのが普通だろうということだ。だから、本エントリ先頭に示した絵が3回目ぐらいのシーケンスで現れても、高確率で読者はさらっと流してしまって、絵を改めて解釈はしない。まぁ再解釈する人がいない訳じゃないんだろうけど、少なくとも原作を読んだ際の私は、マンガで発動しがちなこの一種のマジックに完全にかかっていた。

 しかし、具体的な画であるカットの連なりをリアルタイムで見せざるを得ないアニメでは、マンガでは高確率で発動するその種のマジックは発動しにくくなる。結果、本エントリ先頭に示したカットが現れる(つまり、一定時間強制的に見せられる)と、面倒くせぇけれどもピュアで素直な側面をも持つ視聴者は、それまでの解釈に引きずられることなく新たに明確に認識する・・・「水崎は、実はお湯でゆがむ浅草の『後ろ頭』を観察している」と。これ、アニメの作り手の意図通りなんですかねぇ・・・いや有りがちと言えば有りがちな事態なのだが、プロならば予測可能だと信じたい事態でもある。受け手視点でのマンガとアニメの文法の違い、土俵の違いってやつの一端かも知れない・・・とまで書いたところでオチなのですが、水崎の見ていたのは実は「水の動き」でした。少なくとも水崎はそう言っている。いやぁ、原作を読んだときから始まってアニメ版初見時まで、「お湯でゆがんだ浅草の(オモシロ)顔」に引きずられて二重に勘違いしちゃってたなぁ・・・と水崎のセリフを聞いて一瞬で気付いた時の絶望感たるや、「勘違い野郎」かつ「面倒くせぇ奴」はホント迷惑ですよね、そして「あ、アバンタイトルの内容と(後で分かるが最終カットとも)そう繋げてくるのか」とも。

 あと、お湯の作画には手間をかけたと思しきところが多かったけれども、この種の癖のある描写は視聴者の記憶とのミスマッチから不自然に見えてしまうリスクがある。ミニチュア特撮が水を苦手とした理由と同じだ。一応流体力学分野の技術で飯を食っている身としては、密度が低そう(結果として粘性がより低そう、表面張力がより高そう)に見えるカットが多かった。「原作マンガのお湯の描き方も微妙じゃん」と言われれば確かにその通りなのだが、極端に言うと原作マンガではコマによって表面張力などの水の特性も違って見える。この辺りを説明すると長くなるので詳しくはしないけど、TVアニメではフレーム固定でアップ~ロング(引き)があるだけだが、マンガでは更にフレームに相当するコマの大きさも変わるからねぇ、とだけは書いておこう。で、高速度ビデオカメラのレンタル費用も10年代後半から安くなってきたし、スタジオは一度レンタルして色々撮影してみてはいかがだろうか、エドワード・マイブリッジの馬の連続写真並みに発見があるかもしれませんよ。ちなみに、分裂した水やお湯の塊の大きさや気泡の寸法や形は、主に粘性力の温度依存性の影響で25℃付近より低温か高温かで変わるんだなこれが。と言う訳で、水を使った実験ではちゃんと水温管理をしよう(誰得情報

 さて、

アニメの作画というのは不思議なもので、キャラ達の作画に凸凹が多少あった方が観ていて面白かったりする。これは良し悪しとは別の話なので念の為。ここで凸凹とは、動いたり動かなかったりとか、特定のキャラがやたら可愛かったり可愛くなかったりといったことを指す。例えば第2話について「水崎の顔がやや吉田(健一さん)キャラっぽいカットが有ったな」と以前に書いたが、まぁ、そういうところも楽しみどころになり得るのがアニメのTVシリーズだ。作画の凸凹と言うと、キャラのアップのカットは作画監督などの筆がきっちり入っていてちゃんとしているが、ロングのカットは作画崩壊寸前というケース(視聴者として、心意気だけはきっちり受け取らさせてもらう)もあるが、今話のケースはもちろん違う。

 OPより後は悪い意味で凸凹が無かった。特定のキャラがより可愛く描かれるでもなく、基本的に動いてはいる(これ自体は良いことなんだろう)けれどメリハリある動かし方はほぼ皆無で、無難ではあるんだけど特筆すべきところも無い。動かし方のなんちゃって感も強い。こういうのは説明しにくいんだけどね、魅力が無いとでも言うか、色気が無いとでも言うか。ここでの色気は「セクシー」という意味では当然ない。所謂「色気を出す」といった表現に使われる、現場の判断によるほんのちょっとした一手間の付加や、不自然さは出るかも知れないけど視聴者に対するフックになる意図的なキャラの芝居タイミングのズラしなどに相当するものである。アバンタイトルにはそれらの存在が感じられた。なんちゃって感は「取りあえずこんなもんでしょ感」と言いかえても良い。歩いているけど接地感がないとか、本来動きにラグが生じるような要素の動きにラグがないとかが例に挙げられようか。ダンスのカットとか見るに実は動画枚数少ない?この辺りは良く分からんけど。

 なんちゃって感は、個人的にロケットの打ち上げシーンで極まる。ロケットのハードウェア構成がモデルになった実際のロケットと同じなら、色々と描写が不自然でかなり淡白だ。ブースターの噴射炎の有無などカット間の描写の不整合もある。不自然な点について具体的に細かくは書かないけど、この辺りをどうして本エントリで取り上げるかについて簡単に触れよう。

 このロケット打ち上げシーンは、見せ方という意味で作画と演出について語るシーンなのだが、同時に、浅草のロケットや打ち上げ施設に関する知識や水崎の観察眼の発露の描写でもある。つまり、このシーン内の不自然な描写や誤魔化しは、浅草の知識不足や勘違い、水崎の観察力や観察自体の不足や観察力やこだわりの限界を描写していることに等しい。敢えて極端で酷い書き方をさせてもらうと、浅草や水崎が能力不足に見えるならば、それはアニメの作り手が能力不足であるからだ、となる。或いは、アニメの作り手は無数のこだわりの塊であろう水崎の作画を再現しない又は再現する気が無い又は再現できない、となる。いや、アニメの作り手は、水崎のこだわりなんてこんな程度、と考えているということか。そんなことどうでも良い、と考えているのなら余りに悲しい。

 細かくは書かないとしたけれども、煙を引きながら上昇するロケットの姿を「1枚のロケットの絵を縮小しながらスライドさせて見せた」としか思えない(Flashアニメには失礼ながらFlashアニメかよって)カットには唖然とした。カメラ視点から見たロケットの向きの相対変化(つまりロケットの三次元的な見た目の変化)は当然表現されず、上昇に伴う縮小具合も、水崎がこだわっている筈のロケットの角度も不自然だ。こだわりの作画とは程遠い。こんな画では、浅草や水崎のセリフはただただひたすらにひたすらにどうしようもないまでに空しい、嘘になってしまっている。いや正しいのか、濃厚さの欠片もない作画は視聴者に濃厚さなんぞ伝えない。

「『アニメ』に『アニメーション』が表現できないのは当たり前じゃん!」

そりゃそうかもしれないけどさ。そんなの誰の目にも分かってたことじゃんか。だからアニメの作り手がどう挑むのかを見せてもらおうと、第3弾PV以降から毎回観てる訳ですやん、こんなエントリもシリーズ化してしまってる訳ですやん。

 私が以前のエントリで書いた「アニメ化に覚悟がいる原作だ」の理由の一つがここにある。水崎が作画したシーンに相当するシーンは、「水崎が作画したシーンに見える」ようであるべきだ。水崎のこだわりを、或いは限界をも「演じた」作画が必要なのだ。そういう画作りになっていないから、特に原画撮り相当の画を使ったシーンは、私にはアニメの作り手の楽屋落ちにしか見えない。

 幼い水崎のスケッチやクロッキー(つまり、動きの観察結果だ)が、おばあちゃんがベッドから立つことや水崎に手を引かれながらではあるが自分の足で歩くこと繋がるアバンタイトルの展開やシーンは良い。でも劇中の映像研の作品に直接繋がる要素は未だ無い。成程、アバンタイトルの最後で「ロボットのチェーンソーを使った移動カット」のラフが「水崎が車椅子に乗って方向転換などをした経験」に基づいて描かれた様子が示唆されており、その種の作り手からの目くばせが無い訳ではないことはさすがの私でも気付いている。が、現時点ではそこまでだ、

 実は、おばあちゃんがカニを食す様子を幼い水崎がスケッチするシーンがでもあれば、劇中で映像研が製作中のアニメを表現する「原画撮り相当の画を使ったシーン」の見え方や意味は違ってくる。「そんなのギャグになっちゃうじゃないか!」と思う方は、「カニを延々と食う」じゃない場合でもそう思うか考えてみて欲しい。例えば、大型ロボットの人間大縮小版の自立型ロボット(人が操縦しない人型二足歩行ロボット)に、人が補助しながら立つことや歩くことを学習させているシーンだったらどうだろう。仮にもロボ「研」なんだから、そういうのもアリなんじゃないか。

 「カニを延々と食う」シーンがロボ研のリクエストでなければ、それすなわち映像研乃至は浅草の選択ということになる。アニメの作り手の考える浅草のセンスと、原作マンガから私が解釈している(すなわち極めて主観的な、ということ)浅草のセンスとの乖離は大きい。私の中の浅草はもっとセンスが良い。「カニを延々と食う」シーンって、「ロボットvs巨大ガニ」において見せられて面白いものなのかな?劇レベル或いは劇中アニメレベルで何か機能しているのか?

 同じ視点から言えば、実は原作の音に対する百目鬼のこだわりのアニメによる描写は本質的に水崎のそれらより格段に難しいだろう。アニメに全く向かない。原作第5巻の最後の4ページには思わず唸るとともに眩暈もした。どの程度成功していると言えるのかは分からないが、「音のつくる場」のマンガにおける表現方法としての一つの選択、或いは解が具体的に示されている。最終ページに至っては音は飛翔する粒子の如く描かれ、映像研メンバーと相互作用までする。原作ではそんな表現にまで繋がっていくことになる百目鬼の音へのこだわりを描く・・・アニメ版の作り手に覚悟はあるか、挑むのか、必要な力はあるか、それとも自覚的、無自覚を問わず逃げるのか。積極的な逃避はこの期に及んでは見識ある選択肢ではある・・・本作に手を出したことを除くと、その選択に何か問題があるようには思えない。

 手書きアニメによる大型ロケット打ち上げシーンには、幸か不幸か映画「王立宇宙軍」のまさにそのままのシーンがマイルストーン、或いは一種のベンチマークとして存在する。作画陣の執念と気迫を感じるカットの連続だが、同時にロケットの打ち上げ映像などの観察の賜物でもある(筈)。前者はともかく、やる気があったのなら後者に関して多少の気概は本作でも見せられたんじゃないかと思う。私自身がそういうところには敏感なつもりだし、そういうところを感じられなければ面倒くせぇ奴なんて自称することは止める。モデルになったロケット(または先行形式)の打ち上げシーンの動画なんて、ネット上にいくらでもあるでしょうに。

 サターンⅤロケット打ち上げシーンやロケット下段構造物の分離シーンを日常的にTVで観て育ち、映画「王立宇宙軍」のロケット打ち上げ準備から有人カプセルの軌道投入までを「コレコレコレ」と思いながら劇場のスクリーンで眺め、大学生時代には液体窒素や液体酸素を実験で扱い、ドラマ「Form the Earth To the Moon」と「Space Race」を年に一度は必ず見返す現役の宇宙開発オタクはホント面倒くせぇんだぞ。

2020/02/16

Thunderbirds Are Go、シーズン3も大詰めなのかな?

 本ブログでは役立たず扱いのYouTubeの新Home&Recommended機能だが、Home画面変更からほぼ3ヵ月目の今日、ついに初めてサムネイルをクリックした。Thunderbirds Are Goのシーズン3エピソード25のティーザーだ。おそらくRecent Uploaded相当枠で、私の嗜好を反映したRecommendedではないだろう。少なくても1年、Thunderbirds Are Goがらみの動画がHome画面でRecommendされたことは無く、Thunderbirds Are Goがらみの動画も観てないからね。

 それはさておき、360p解像度と低品質なのは何故なんだろう。
 シーズン1はNHKで全話観た。が、シーズン2の頃には体調を崩してTVを観るのもつらくなっていたから、結局国内でTV放送があったのかも知らないまま現在に至っていた。チェックしたシーズン3トレーラー、話数、それに「ZERO-XL(New ZERO-X?)で父親を救出に向かう」というエピソードのストーリーからは、シーズンのみならず、シリーズの大詰めっぽい感じが伝わってくる。

 チャンネル内の動画をつらつら眺めていると、CG、ミニチュアとWeta Digitalが担当しているのは変わってないと思うんだけど、CGカットの出来と言うか、見た目の良さはやはりシーズン1から上がっている。常にひと手間加えられている感じ、と言うのがより正確かもしれない。ミニチュアに対するライティングも、よりスケール感(影のエッジの鋭さ、またはぼやけ具合が効く)を考慮したものになっているようにも見える。水、海がらみで「あ、違う」と感じるカットが現れる頻度が高いね。

2020/02/15

「オルレアンの女」というタイトルのマンガの記憶

 初老親父の独り語りである。

 都市伝説を紹介するYouTube動画を観ていて、英国の「ブラックジャック」という怪物が紹介された。要するに「巨大な黒い犬」である。と、突然「オルレアンの女」というタイトルのマンガを読んだことがあったような・・・という記憶が蘇った。

 「オルレアンの女」だからジャンヌ・ダルクがモチーフっぽいのだが、オルレアンという土地そのものが重要なモチーフで、とにかく「黒い犬」が出ていたような気がしてしょうがないのだ。掲載はマイナー雑誌かおそらく同人誌、絵は諸星大二郎風、読んだ時期は1985~1990年だ。

 ググってみると、長谷川哲也さんが同名の作品を、「えとわす」という媒体に描いた可能性を示唆する個人の文章がひとつだけ見つかった。大量の情報が有るように見えてダブりが多く、90年代前半以前の情報がほとんど無いのが実に日本のインターネット的である。この辺り、ドキュメント化文化(文書の作成、改定、登録、整理、保管、公開の徹底)を欧州よりも一段と先鋭化させた米国とはインターネット上の情報の蓄積具合が全く異なる。とにかく「えとわす」には引っかかるものがあった。

 で、長谷川さんのWikiページからいくつかページをたどると、漫画サークル「ぷーるぐえとわす」とか、くら☆りっささんや、徳光康之さんといった漫画家の名前など、記憶にある(ただしすっかり忘れていた)固有名詞に久しぶりに出会えた。

 Wikiによれば長谷川さんは、佐賀大学の学生を中心とした創作系漫画サークル「ぷーるぐえとわす」の元メンバーであり、九州工業大学出身ということである。また、絵に諸星大二郎の影響がみられた時代もあったとされる。上記の時期は私が福岡県に住んでいた年度であり、おそらく長谷川さんが大学におられた時期とかろうじてダブる期間がある、かろうじて。

 結局のところネットをさらっただけでは、件のマンガが長谷川さん作である可能性が「ゼロではないこと」ぐらいしか分からなかった。掲載誌は私自身が購入したものではなく友人などが既に持っていたものだったなら、発表時期は1985年から2~3年前までは遡れそうではある。

 はたして実際はどうだったのだろう。まぁ解決する必要があるような事案ではないんだけど、今後この種の「あいまいな記憶が突然蘇る」事案は増えそうなんだよね、歳には勝てぬ。