2019年3月10日

バカな歩き方省

 インド-パキスタン国境を閉じる際のセレモニーらしいです。

 特にインド側の兵士の動きがイギリス軍っぽいなぁなどと思っていたら・・・ナレーション中に”Ministry of Silly Walks(バカな歩き方省)”なんて表現が。これ、我が愛する「空飛ぶモンティパイソン」の有名なネタですね。ちなみにバカな歩き方省の存在意義はもちろん「バカな歩き方の普及」、国家安全保障、国民の健康維持や教育などと並ぶ重要なお仕事だそうです。

 パキスタン側から。

2019年3月2日

Madalena・・・やられてた(笑)

 体調は悪いまんま。

 Youtubeでたまたま発見、"Madalena"(楽曲名)のボーカロイドMaikaによるカバーなんですが・・・ああ、この楽曲は誰もやるまいと思って塩漬けしていたらやられてましたよ、なんか悔しい。発音が分かっている人の作らしく、少なくとも辞書レベルの知識しか無い私にもブラジルなまりに聞こえてしまいます。綴り「te」で「チ」みたいな発音になったり(しかも良く使われる)、綴り「rra」で「ハ」に近い発音になるのはブラジルならではかと思います。

 "Madalena"はブラジルの楽曲で、歌詞は当然ブラジル語(ブラジルなまりのポルトガル語)です。英語ボーカロイドで対応できるかを検討した上でカバーは一回挫折とりあえずオケだけは作っておいて寝かせていた(と言うより病気でそれどころじゃなかった(現在進行形))んですけどね。

 ちなみにMaikaはスペイン語ボーカロイド、故にIPAにおける[x](例えばマッハ数の「ッハ」)を発音させられます・・・しかもそれ目当てに、とっくの昔に私も購入済みって言うね・・・

2019年2月22日

まさかここまで・・・

 そもそもは睡眠障害である。

 なかなか寝付けない(入眠障害)、夜中に何度も目が覚める(中途覚醒)、そもそも眠りが浅い(熟眠障害)、本来の起床時間の三時間ほど前に目が覚めてその後は寝られない(早朝覚醒)と、主要な症状は全て経験した。特に熟眠障害はポリグラフなどの検査結果から客観的に確認され、発症から一週間と経たずに入院となった。ホント、「このままでは死ぬ」と思った。睡眠不足は体調から明らか、とにかく眠い・・・なのに寝られない、仮眠もできない、これが私の睡眠障害の基本的症状である。

 現在の睡眠障害の症状は早朝覚醒のみと言って良い・・・が、その上に別の症状が乗っかっている。とにかく日中は頭が痛くて動けない。酷い脳貧血の症状に似ていて、多少の吐き気も伴う。効き方の急変で1月に使用を中止せざるを得なかった薬の影響ではないかと言う思いが、個人的には未だ拭えない。ちなみに顔なじみの薬剤師さんの見立ては「更年期障害のようなもの」であり、きっぱり「症状はこれから徐々に軽くなります」と言う。そう言える理由を聞くと「多くの患者さんを見てきたし、(更年期障害は)自分も経験しましたから分かります」とのこと。「その言葉、信じちゃいますよ」と言うと「信じて!(ニッコリ)」とこれまたきっぱり。疑う理由も無いし、自律神経失調っぽい症状も出ているから思い当たらない訳でも無いので、ここは信じておこうと思う。

 が、こんな調子では休むばかりでサラリーマン稼業は続けられない。と言う訳で上司の判断もあり暫く会社を休むことになった。数か月単位の入院、加療を前提とした処置である。とにかく合う薬が見つからなかったという経緯の結果だから、考えている今後の治療方法には最後の手段感が避け難くある。文句無しのハイリターンが期待できる反面、基本命がけとはならないにしてもリスクの程は全く分からない。

 来週から本格的にドタバタすることになりそうだ。ついては多少なりとも日中の頭痛等は緩んで欲しい。また暫く、世間から遠ざかることになりそうだ。

 あ、今日は処分準備中だったiPod(80GB)を取り出してきて、頭痛の中ライブラリを復旧した。この世代のiPodにはカメラが付いていないのが肝なのだ。いざ入院となると、プライバシー保護の観点からカメラ付き機器は持ち込めないことが多いのである。実際、先の入院ではカメラ付き故にiPod touchは病院預かりとなってしまった。

 あと、特に関係ないけど、最近よく聞いてる曲とか貼っときますか・・・古めが多いなぁ(笑)

 (オマケ)称えよ!資本論、ウォッカ、ソビエト熊!

2019年1月13日

体調、めちゃくちゃ

 良くない・・・と言うか分からない。担当医も笑って取りあえずお手上げ、二週間の様子見となった。担当医曰く、「訳がわからん、ホントわからん、こんな奴知らん、こんな経験無い」。当人としては全く笑えないんだが。

 一月前までは明らかに不眠症だった。 睡眠8時間のためにはとある薬が50mg必要だった。が、今や同じ薬10mgで20時間寝てしまう。同じ薬の効き具合がほんの数日で10倍ぐらい変わってしまったのだ。

 今や計算上は約0.6mgの投薬で8時間睡眠できる。が、そもそも10mg単位の錠剤薬なので、そんな微妙な投薬量の調整は実質的に不可能なのだ(薬を飲まない場合の血中濃度の低下を事前に計算し、2,3日前に多めに投薬したあと薬を入れずに狙った1日だけそのような条件を作ることはできる。これには何度も成功している)。

 おや、これは不眠が直っている方向なのか・・・と言えばそうかも知れないのだが、昼間はずっと眠いので役立たずなのは変わらない。覚醒レベルががくっと下がったように見えるが、理由は分からない、思いもつかない。っつーか、下がり過ぎでこれでは過眠症である。

 その他、この一月半でいろいろと体調と言うか、体質が急変している。酷い便秘・肌荒れ・頭皮乾燥・全身に蕁麻疹発生とか、いやはや困った困った。

 そんな中、ひとつだけ気になることがある。実は肌荒れ・冬場の頭皮乾燥・蕁麻疹はかつては日常的な症状だったのだ。これら症状が消えたり軽くなったのは禁煙以降なのである。つまり、禁煙以前の体質に戻っているようにも見えなくもないと言うことだ。なお、現在は禁煙から約490日である。

2018年12月5日

Midnight, Stars and You

 さて入院していた件は先のエントリに書いた通りだが、入院中昼間はずっと「キューブリック全書」(フィルムアート社)という本を読んでいた。入院時にたまたまカバンの中にあった唯一の本だったためで、文字通り十回以上読み返すことになる。ちなみにカバンの中の本は「中国文化大革命の大宣伝(上・下)」(芸術新聞社)となっていた可能性もあった。となると、このエントリは書かれなかっただろう・・・まぁ、別に感慨深くもないけど。

 あ、キューブリックとは映画監督のスタンリー・キューブリック氏のことです。おそらく「2001年宇宙の旅」が最も有名でしょうが、個人的には「博士の異常な愛情」「フルメタル・ジャケット」「現金に体を張れ」を推しますよ。

 一方、「シャイニング」は未だに個人的評価に困ってしまう一作です。まぁ、原作(もちろん日本語訳)を全く面白いと思えないのも影響しているでしょう。そんな中、映画中で(古の)ダンスミュージック"Midnight, Stars and You"が使われたのには当時劇場でにんまりしたものです。小学校高学年のころはスイングジャズから入って、古いダンスミュージックをラジオでたくさん聞いていました。 "Midnight, Stars and You"はそんな時代からのお気に入りだったんですね。

 オリジナル楽曲に映画「シャイニング」からのカットなど使った動画。"All work and no play makes Jack a dull boy." (働いてばかりで遊ばないからジャックはつまらない奴(ダルい奴)になる。)という文字列が延々繰り返されるカットの意味が分からない人は是非映画を観て、どうぞ。知ってる人も「タイプミスが無い!」とか言わないように。
 Youtube上で見つけたオリジナル以外ではこれが良かった(ちゃんと踊れそう)っすね。要は
がちゃんとできてるかなんですけどね。
 

2018年12月2日

生きるだけでも結構大変

 先月中旬、ついに倒れて入院した。原因は睡眠不足、突然1日2時間の浅い睡眠しかとれなくなって5日でダウン、たまたま病院の診療日だったので私の状態を見かねた主治医の判断で急遽入院となった。結局ほぼ半月入院していたことになる。

 前回のエントリの日付は8月初旬、それから色々あった。まず睡眠時間が6時間以上取れなくなり、耐性と身体依存性ができたのか特定の薬が効かなくなってきた。薬に耐性ができてしまうと同じ効果を期待するためには使用量を増やすしかないが、短いとは言え睡眠時間自体は安定(一定)だったのでむしろ減らすこととした。薬を減らすのは変だと思うかもしれないが、これら特定の薬は寝付きは良くするものの、睡眠の質(深さ)は下げてしまう。つまり、睡眠時間が制限されているならば、寝付きが悪くならない範囲ではむしろ減らした方が睡眠の質を向上できる可能性がある訳だ。

 が、これらの薬の使用量を下げること自体が極めて困難なことが分かった。それを知り、身をもって体験し始めたのがお盆のころである。もはやブログどころではなくなった。具体的な話は省略するが、キーワードとしてベンゾジアゼピン離脱症候群を挙げておく。その離脱(使用中止、使用量低減)の難しさや耐性形成後の副作用の多さなどから、英国などでは90年代に既に使用期間の制限が導入された薬に対して、未だにその種の制限が設けられていない日本の薬事行政には明らかに問題がある(昨年度に注意喚起が出、それら薬から他の薬に変更することに対する制度上のインセンティブはあるが・・・)。

 さて、急激な睡眠時間の減少は特定の薬の量を約1/2まで低減できた時期に発生した。2ヵ月以上にわたって減薬に伴う様々な不調と戦ってきたが、急激な睡眠時間の減少は一種のちゃぶ台返しとなり、薬の使用量はむしろ増えて減薬は元の木阿弥となった。「正直、命に係わる」と思った状況下では致し方ない結果とは言える。

 減薬や耐性形成による副作用は多様だ。光や音の刺激に対して過敏になった。耳鳴りがする。目はかすむ。頭は回らない・集中できない。記憶がおかしくなる。という訳で車は運転できない、音楽すら聴くのが苦痛、ネット上の動画やTVも観るのが苦痛、PCでゲームなんて無理、そして仕事にも色々と問題を生じている。

  現在の私の脳、身体は「眠気」を完全に忘れている。「眠気」を感じないので睡眠不足で身体に様々な変調が出ていようが眠ろうとしないのだ。「遺伝性のアレだったら余命一カ月だわな」「体内時計が変になっているだけだとは思うけどね」とは主治医の弁であるが、どこまで本当なのやら。
 
 この約3ヵ月で生活は全く別物になってしまった。生きているだけでもめっけもの、少なくとも暫くは「薬による睡眠頼み」で命を繋ぐこととなる。

 とは言え家族、職場の一部の人間などは私の病状を気にかけ、回復を願ってくれている。有り難い事だ。

 人生、明るい面だけ常に見ていこう!"Always Look On The Bright Side Of Life"・・・てか


これはかの地震後、電気復旧と同時に作り始めたもの。あれもね、結構大変でした・・・

2018年8月9日

さすがにクスってなった

 下の曲を聴いていて、さすがにクスってなりました。

  まぁ、音色の種類を絞っていけば似たフレーズが現れるのはプロの作品でも不可避だし、30年以上色々な音楽を聴いてきた人なら失笑不可避なパクリをプロだって堂々とやっちゃうことがある時代になっちゃいましたしね・・・

 どっちが先なんだっけ?

 あ、体調はですね、当然言葉のあやなんですが「健康だったらほかに何もいらない」ってくらいきついです、とにかくちゃんと眠りたいなぁ・・・

 さて完全な別件で、かつ何を今更なのですが、「ポプテピピック」のアニメ化にあたり制作のキングレコードの収益モデルが全く分かりませんでした。どうやら「~風(なになにふう)」の楽曲を多数制作・販売するという収益モデルだった、というのが現状の理解です。

 「ちゃんと分かってる人達」が楽曲制作したとみえ、パクリ感とはほぼ無縁の見事なまでの高品質「~風」楽曲を取りそろえられていたと思います。正直、完成度には唸らされました(←何様?)。が、見事に「~風」であるが故の宿命として、それら楽曲には悲しいかなオリジナリティが宿ることがありません。と言うか、オリジナリティを与えないことが高品質「~風」を得る方法なのです。これはとても難しく、技術、知識、素養が求められる作業でしょう。「ちゃんと分かってる」とは、それら要求事項をきっちり備え、かつ作業を遂行できる能力も持つ、という意味です。

 「~風」極振りはオリジナルとの対比においてのみ面白味などの何かを生み出すことができます。が、オリジナリティを与えないことに成功してしまった楽曲は、そもそもオリジナルを知っている人間は1回聴けば、出来が良ければそれこそ出だしの8小節ぐらい聴けば、もう十分お腹いっぱいになってしまいます。消費し尽くしたことになるので自らの意思で2回目を聴くことはありませんし、楽曲単体にお金を払うこともありません。聴くならオリジナルなのです。私にとって高品質「~風」楽曲は単体では無価値です。実際、「再放送」で同じ楽曲を聴かされることにウンザリしたことは二度や三度ではありませんでした。時間の無駄です。

  それら高品質「~風」楽曲群、オリジナルを知らない人達にとってはどんな位置付けになっているんでしょうか、或いはどんな聴かれ方をしたんでしょうねぇ・・・

2018年7月22日

今月の体調(2)

 体調が悪いと言うべきか、薬との相性が悪いと言うべきか。

 不眠症は継続中だ。「あと1時間寝られれば・・・」という状況は2、3日なら体が疲れるだけだが、3ヵ月も続けば精神活動や思考への影響は計り知れない。休日も大半は横になって動かず過ごす(文字通り不眠症なので昼寝はできないが、目を瞑ってじっとしていれば多少はね・・・)ようになってしまう。

 なので、薬。「あと1時間寝られれば・・・」という状況まで持っていけるベースの投薬メニューが確立できてから約1ヵ月、後は微調整で済むかとも思えばさにあらず、むしろその後の方が身体や精神へのダメージが大きい。そもそも担当医の意中の薬(これで済めば筋は良かったと私も思う)が合わず、異様に長時間寝てしまうので使えない、というのが躓きの始まりだ。

 先週新たに試した薬は「昼間の眠気を払う」ものの筈だったが、実際には夜の眠気を払い、昼間には耐え難い眠気をもたらした。空腹感を感じることも無く、食欲も感じなくなり、一睡もせずに丸3日間を水だけで過ごしてしまった。3日目の夜に眠れないまま水でも飲もうと冷蔵庫のドアを開けると目の前に3日分の食材が・・・状況を理解するのに数秒考えこんでしまった。試した薬の最初の投薬は食材購入も含めた買い物を済ませた後で、以降は時刻をきっちり守って投薬を続けていたようだ・・・食事すら取らずにね。

 幸い薬の効果時間が9時間と短めだったので、投薬中止で翌日夕刻にはまたもな思考ができるようにまでなったが、身体はすっかり参っていて5分も散歩すると息が切れる有様。あと、薬を飲むとまるで禁煙直後のように煙草が吸いたくてたまらなくなった。調べてみると、喫煙で誘導される化学物質と同じ物質が、薬の代謝過程で脳内で生成されるらしい。脳が喫煙後と勘違いしてしまったようだ。

 今週新たに試した薬は「眠りを深くする」もの。効果てきめんで3ケ月以上ぶりに「寝た!そして気持ち良く起きた!」を実感したのもつかの間、「起きた!」のは意識だけ、脳の大部分?と身体は眠ったままで水を飲んだりトイレに行くのにも一苦労。しかもそんな状態が投薬後から丸1日(以上)続く。今こうしてこの文章を書いているのは夜8時過ぎだが、これは昨晩の投薬量を半分にしたから可能になったと言って良い。ちなみに投薬量を半分にすると、「寝た!」感はもう全く無くなってしまい、その癖夕方6時頃まで実質動けなかった。という訳で、今回の薬も投薬中止にせざるを得ない様だ。

 うつの症状は本当に出なくなったのになぁ・・・うーん・・・

2018年7月13日

今月の体調

 輪をかけて酷い。

 症状だけ見れば、不眠、ホルモンバランス不全、自律神経失調が依存関係不明のまま平行進行しているみたいだ。いみじくも会社の上長が「まるで実験場」と呼んだ如く、脳内はどう贔屓目に見ても薬品漬けと言って良い。特定の薬の服用は汗に混じる香りからすら分るほどだ。現在文章が書けるのも、新たに今日昼間用の薬を処方してもらったせいなのは間違いない。医者曰く、「まぁ、眠気を取るための覚醒剤だわな」。今晩はともかく、明日以降の生活が全くイメージできない。

 この2カ月以上は、精神的に身体的にもうつの症状はない。

 ではさきの薬が無いとどうなるかと言うと、治まらない頭痛と眠いけど一瞬として絶対眠れない半端状態が続く。短期記憶に頼った論理的思考は高速で回せるが、記憶は実質的に使えない。故に高速で回して得た複数の論理的思考結果が統合できないどころか、新しい思考を始めるとその前の思考結果の詳細は消える。もうオフィスの机上はメモ書きだらけである。

 初見の論文は続けて10回は読む(2回目以降は速読だが)。仕事の打合せ時は記憶だけではしゃべれないので、メモ片手に以前と同じ(と思われる)思考を改めて回しながらリアルアイムで思考結果を口にする。他人の発言内容は記憶できないので、自分の思考内に組み込んで回し続けるしかない。忘れる前に、0.5秒に一回ごとぐらいのペースで意識して記憶し直すのだ(バッファーから読み出し、同じバッファーに書き込むイメージ)。実際のところ、エクセルでのセル2つ移動に要する時間(当然アニメなどの全視覚効果はオフだ)でも記憶的には危ない。なお重要故に繰り返し記憶され続けられた内容は、どこかの段階で別の記憶域に記憶されるようだ。あと、他の人の記憶も利用するためにとにかく結論を先に口にする。思考内容がうっかり途中で失われても、「結論なんだったっけ」と周囲に聞けば高確率でリジュームできる。

 そんなことできるの?と思う方もあろうが、訓練し、おそらく必要な犠牲を払えばできる、としか言えない。うつ病をやった経験も個人的には無視できない。うつ病をやると、どうも論理的或いは厳密な思考になりがちだ。これは私だけの体験ではなく、同じ病を患った2人の知り合いも同じだ。個人的に意見だが、「いなし上手」「いいかげん」な上司は部下をうつ病などで潰しやすい。それらこそがうつを引き起こす原因となり得るが故、うつ克服後にそれらを嫌うのだ(アニメ「ひそねとまそたん」は哀れ歴史や智への理解も論理性も欠くため、このような尺度からは適当過ぎる内容故に評価の対象にすらなれないのである)。「直観的な人だなぁ、感覚的な人だなぁ」と新たな職場に行くたびに言われ続けた私が今や「論理的な人」と言われるようなるとはね。

 さて、メモを見ながらながら思考し、同時にしゃべっている時は、メモ記載の図や文字群以外の視覚情報をおそらく脳は処理していない。ある人によると、「目から光が失われ、どこを見ているのか分からなくなって不気味、眼球周りの筋肉が一切動かない」のだそうだ(トイレの鏡などで片目からすっと光が消える瞬間は自分でも見るようになった。片目だけ痙攣をおこしているだけかも知れないが、昨日は右目の光景だけ数分間サイケデリックな配色になった)。結論を先出ししているので、結論自体に問題が無ければ話は中断されずに聞いてもらえる。そもそも短い文章を積み上げていくしゃべり方だし、しゃべる量自体が少ない。

 喋りには日本語しか使えない。英論文を読んでる途中で日本語を口にすると、英論文の内容の記憶は失われる(英語は読めるものの所謂学者英語なので、使っている脳の部分は後天的に割当てたところだろう、つまり日本語とは全く別の部分を使っている)。そのせいか、英論文を読んでいる間やしゃべる気が無さそうな時は空いている手で口きっちり塞いでいるらしい。また論文を読んでいる途中なのに視線がしょっちゅう派手に泳ぐらしい。おそらく思考中なのだろう。視線が泳いでいる間、特に何かを見ているちう意識はない。つまり、実際には何も見ておらず、記憶の中の空間内に分散配置した文章(概念)を読み直すといった脳内の視覚情報処理にでも合わせて動いている可能性が高い。

 と、なんか格好良いことを書いているように見えるかもしれないが、違う。むしろ、「皆さんが意識せずに難なくこなしている様々な思考」を「意識的にやらないとできない状態である」と考えて欲しい。

 単一の思考ループのみを回すから早いのは当たり前、皆さんは相互に依存関係がある複数の思考ループを常に回しているのだ。単一ループしか回せないということは、損得勘定や駆け引きができないし、発展的な会話もできない。概念や情報の統合、整理やまとめができないので資料作成は非効率的、分析の深さにも限界がある。細部を組み立てて全体を作ることは非効率とは言えできるが、逆は無理だ。全体は理解できるが、記憶の支援無しでは相互依存関係を維持したまま構成要素への分解はできない。たいていのゲームもできないだろうが、そもそもやろうとすら思わない。

 だから現在の私単独は、会社では役に立たない。かろうじて出番があるのは、同僚皆が忙しくて、回せる思考ループが1つか2つ不足しているからだ。このような状況は「なんかもやもやして釈然としないところが残る」という感覚の原因になりがちだ。だから、そんなもやもやを吹き飛ばせるような「提案」のために思考を回す。そういうところこそ相談してもらう。様々な人からの相談を受けた結果、一種の情報ハブとしても機能する。同僚間で話を通してみたりする。レベルがそれなりに高い同技術分野では悩み所のバリエーションはあまり多くない。結果、私が書いた単一のメモ、時に同僚の机を一周したりするわけである。

 ただこんな(ある意味恵まれた)状況が続けられるにも限界はある。なんとかしたいのだが、薬にぶん回されている状況ではなかなか能動的に手が打てない。オカルト小僧崩れで柔道もやっていたから整体、気功、鍼灸、漢方もある程度の理解の上で取り入れているけれど、ね。新しい事ができないと企業の開発エンジニアに価値はないし、そこに自らの価値を見出してきた自分自身が辛い。

 睡眠薬に対する反応が極端らしく、医者からは「めんどくさいなぁ」とか「面白いなぁ」とか言われるものの、当人には何も面白くない。まぁ、通常の睡眠効果が7時間とされる薬が18時間以上効いてしまったり(ほぼ20時間寝っぱなし)、翌日には同じ薬が1秒も効かなかったり(一睡もできず)、副作用が原理上無いとされる薬で副作用ライクなわやくちゃな反応が出たりするようでは仕方がない。なお現在使っている薬の場合、11時就寝(スイッチオフ、または気絶という感覚だ)で、約3時または約5時に覚醒(瞬間的に覚醒し、まさにスイッチオンの感覚だ)という状態で安定(?)しているものの、その後は夜11時のスイッチオフまで寝られず、昼間の状態は前述の通りである。夢を見た記憶は皆無、寝たという感覚すらも正直持てない。蕁麻疹も酷く、両手とも膨れ上がってしまってちゃんと手が握れない。もちろん車の運転なんてできない。

 さて、どうなることやら。

2018年7月2日

ひそねとまそたん、終わり

 らしいっちゃらしいが、もう何も説明はしないまま終わりにしちゃうんですか。なるほど分らん。そういう方向では面白くなかった・・・のか、何か大事なものを見逃しているのか。すとんと落ちる、またはコペルニクス的転回、というカタルシスは皆無、嗚呼。

 「当たり前」を「価値観を伴うもの」ではなく「個人の単なる認識、形式的な解釈、思い込み」というレベルでしか描いていないので、人物像が薄っぺらくなるし、ひそねによる「『当たり前』の破壊」もカタルシスが無い。「価値観の破壊」なら大インパクトだが、単に「誤解が訂正された」みたいな展開ではねぇ。実際のところ、ひそねとまそたんの周りで「運命の転回」や「再生(=Re-birth、個の死の初の意識的な拒絶)」が多数発生した訳なんだけど、描き方が淡白と言うか、もったいないと言うか。

 映画や小説の「帝都物語」や「陰陽師」をご存知の方なら直ぐにお分かりの通り、こういう儀式上の「贄」は1000年以上前に「式(式神)」や「ヒトガタ」で十分に置き換えられ得る訳で、現代においてもあの形態、儀式化の進んで無さというのは1000年以上ぶりとかならともかくもやっぱり良く分らん、と言うか納得いかんと言うか。

 結局肝は鈴やんけ、誰でもええんやで、龍といっしょなら何も失うことなく帰還できるんやで(なぜか三カ月必要だが)、では尚更「生贄」が必要との説得力が無く、なんとも筋が通っていない、一貫した思想が見えない。これでは「ひそねの機能」は「神(超越者)」か「英雄」になってしまっている・・・あ、「英雄」ならアリなのか、ルーク・スカイウォーカーとアーキタイプを共有するような西洋的な英雄ではあるのだが。

 まぁ、古神道と陰陽五行思想は別物だから、道教とかも交じってるから、とか思いつつも、陰陽五行思想的・正方形+中心点のシンボル(龍達の配置)、五芒星的シンボル(祭壇、これも陰陽五行思想的?)、六芒星的シンボル(楔女銭選定儀式で用いた図版、加茂家ではなく安倍家系?)ともに使われるとか、これは何らかの混乱や適当なだけなのか意図されたものなのかどうか・・・真面目に考えたら負けっぽいですけどね。

 ひそねの帰還がイザナミの黄泉がえりとはなってなかった?(画では見せてくれてないからね)かのようなので、まずはめでたし。後はジミーとキングダム(汗)になんかあるかな、ぐらい。