対して韓国大統領の「とある7時間」内の行動は未だ秘密です。
2014/09/20
「誅韓論」、読了
読了、と言うか良い意味で分かり易い本なので、昼過ぎに買って1時間ちょいで読み終えた。
当ブログでもファンタジーとしての半島統一について記した事がある。このファンタジーでは第二次朝鮮戦争は米中日露の出来レース、あっと言う間に片付いて統一朝鮮は中国の柵封体制下に入るというものだ。米国参加は半島非核化が絶対条件であるが、その実現には中国の同意が必要だ。さらに中国もその政策に対して人民からの支持をある程度は得る必要があるし、中国が出来レースに関わっていないというアリバイも作らなければならない。故に、北朝鮮の中国寄り勢力は弾道ミサイルの一発も中国に向けて打っておかなければならない。
要は「彼らに核は持たせちゃ駄目」というコンセンサスがその出来レースを可能とする、という見立てだ。
要は「彼らに核は持たせちゃ駄目」というコンセンサスがその出来レースを可能とする、という見立てだ。
「誅韓論」の内容は、第二次朝鮮戦争勃発前に一方の国を疲弊させ、むしろ第二次朝鮮戦争勃発のおぜん立てを日本が「して差し上げるための御品書」みたいなものだ。実現可能性については「?」とさせておいてもらおう。できる、とはそう簡単には言わないよ、言わない、絶対言わない、やって欲し・・・いやいや。でも、こうもあからさまに書いちゃうのは、それらをやりたい、実はやろうとしている人達にとっては手の内を明かすみたいでマイナスでは?という気もする。でも出てしまった以上、多くの日本人に読んでおいて欲しい気もする。
竹島の件はサプライズ的に狙ったタイミングで、と思ってたけど、サプライズ色は本書の登場で無くなっちゃいました。ちょっと残念。
「有事対韓三原則」の"法制化"は、個人的には新視点。先のファンタジーでも日本の行動はほぼ「有事対韓三原則」に従うものだが、戦後処理に関してはやはり私のファンタジーの何十倍も現実的だ。あと、周辺事態法についてはもう一度真面目に読まないと・・・
燃費悪そうだなぁ。
割と最近になっても「こういうのやってみました」というのが色々出てくるのがロシア/ソ連の面白いところ。1960年ぐらいまでは西欧、米国も結構面白かったんだけどね、もはや出尽くした感あり。
「ウルトラセブン」の地球防衛軍装備なら有りかな。
「ウルトラセブン」の地球防衛軍装備なら有りかな。
スホーイT-50、良い仕上がりだなぁ。
スホーイT-50 PAK-FA、ステルス機という点がクローズアップされがちだが、高いエンジン性能と優れた空力特性は間違いなくスホーイSu-27系譲りの様。
2:25以降辺りを観れば、「空飛ぶ機械」としての筋の良さは明らか、「これはもはやダンス!」。グラマンF-14 トムキャットが高迎え角飛行(機首を上に向けた水平飛行)時に吸気不足からエンジンストール(エンジン停止)に苦しめられ続けた事を思うと、後ろ向きで進んでもストールしないエンジンと、そういう飛行自体が制御して可能というのは結構凄いことですよ。
朝日出版社、これは相当まずい
週刊文春webの記事、「朝日新聞出版に不正競争防止法違反の疑い」。
経緯は記事を読んでもらうとして、朝日新聞社の100%出資子会社である朝日出版社が競争相手とも言えるデアゴスティーニ・ジャパン社の機密資料を入手、自社内の会議資料などとして使っていたらしい。
昨今のサラリーマンなら、これが会社存亡に関わる事案であることは直ぐに分かる。記事の一部を引用しよう。
デアゴ社(デアゴスティーニ・ジャパン社)の大谷秀之社長はこの「不正競争防止法違反」疑惑について、週刊文春の取材に「これはコンプラインアス違反だし、ビジネス倫理の問題もある。朝日に対してどう対応すべきか、これから顧問弁護士と相談して考えなければいけない。まずは抗議をし、(刑事告訴も含めた)あらゆるオプションを検討します」。
この件は昨年、朝日新聞本社のコンプライアンス委員会にも通報されたが、黙殺された。
同委員会の委員長は、木村伊量・朝日新聞社長が務めている。デアゴ社、および木村社長の今後の対応が注目される。
「コンプライアンス」とは「法令遵守」の意味である。近年、企業における「コンプライアンスの徹底」は企業防衛における重点項目だ。
例えば、社員個人による「会社の顧客リストの流出(個人情報保護法違反)」を考えてみよう。まず、以下の点は覚悟しなければならない。
- 会社はその関与の度合いによって刑事罰の対象となり得る。集団民事訴訟で被害者から訴えられればまず勝てない。社会的制裁も避けられない。
- 社員個人は刑事罰の対象となり、解雇は必至。被害者、会社から集団民事訴訟で訴えられればまず勝てない。訴訟となれば個人名は公開され、社会的制裁は避けられない。
これらのような目に合わないために。企業は様々な仕組みを用意する。
- 社員教育
- コンプライアンス委員会などの社内機関の設置と運用
大抵の場合、コンプライアンス委員会の役割は以下の通りである。
- 社内からの「コンプライアンス違反」通報、相談のための受付窓口を有する。
- 通報、或いは調査によって「コンプライアンス違反」が疑われる事案が見つかった場合、「コンプライアンス違反」かどうかを調査、協議、検討する。そのため事業実施のための命令、報告ラインとは独立した調査権限を有する。経過、結果は第三者が確認できるように徹底的に文書化する。
- 「コンプライアンス違反」が判明した場合、関与した社員の処分方法、社外対応方法(プレスリリース、会見の有無など報道対;株主への報告;省庁への報告など)などを決定、経営陣に勧告する。
ここで重要かつ面白いのは、「コンプライアンス違反」を起こした後の企業の対応を見ることだ。その「コンプライアンス違反」をどう捉えているかといった点を通じて、企業体質というのがむき出しになる。
ある「個人情報流出事件」では、当事者となる企業がいち早く会見で「流出があったこと」を発表し、その時点で分かっていることとして「流出が発覚した経緯、流出した個人情報の総数及び個々人が自分のデータが流出したかどうかを判断するための情報」を公開した。ただし、この時点で「犯人や流出経路はまだ不明」である点にも触れている。
- 会見に経営陣が顔をそろえていた。
- 「コンプライアンス違反」が疑われる事案の発生に対して、迅速に調査などに着手していた。
- 「コンプライアンス違反」が明確になった時点で、情報公開に踏み切った。
- 「コンプライアンス違反」に伴う被害者に明確に謝罪した。「犯人や流出経路はまだ不明」の時点での会見で、「顧客(被害者)重視」の意図を暗に示した。
「コンプライアンス違反」事案においては、多少あざとくとも「顧客(被害者)重視」の姿勢を示すこと、「自浄能力がある」ことを示すことが重要だ。でなければその企業は通常は生き残れない。
対して朝日新聞社はどうか?本報道の内容を見るに「顧客(被害者)軽視」、「自浄能力がないこと」を明確に示している。
2014/09/19
iPod Touch + iOS8
iPod Touch Gen5は2台使いなので、一方のみiOS8にアップデート。OSの容量が大きくなっていて本体の容量不足からアップデートにまず1回失敗。同期する楽曲データを減らしてから復旧することで何とかアップデートを完了させた次第。音楽ライブラリの70%ぐらいしか入れられない状況は極めて不愉快で、いい加減に128MB版を出して欲しいというのが本音。高々1.2万曲が全て入らないでは役に立たない。個人的にはハイレゾよりも曲数が大事、結局ヘッドフォンを変えれば音なんて幾らでも変わるからね。
第一印象はというと、フォントの変更が微妙。iOS7ではフォントが異様に細かったので表示をボールドに設定していたが、iOS8でボールドに設定するとこれがなんとも太い。個人的な好みから言えば、ボールドにすれば太すぎて、ノーマルのままでは細すぎる感じ。細すぎると思う理由としては、背景色と文字色との組み合わせによって視認性がかなり変わること、白背景に黒文字でもディスプレイ輝度を上げると途端に視認性が悪くなることが挙げられる。英文字、漢字かな混じりともに読み取りやすいという良い塩梅な設定が難しいのだ。
使用している辞書アプリは全て正常動作、音楽プレーヤーとしても変な動作はまだ見られない。iOS7の音楽プレーヤーには最後まで解決されていないバグが散見されたが、そこら辺がちゃんとフィックスされているかはまだ分からない。
2014/09/18
ふむ、
「嘘はいかん」、「他人を欺むき嘘に加担した人間はそれを正した上で、さらに然るべき行動を取るべき」ということですね。そして「それを怠る者達には未来はない」と。成程、正論ですね、そうあるべきですね、ね?ね?
朝日新聞の社説です。
(社説)山口淑子さん 戦後の歩みが語ること
2014年9月17日05時00分
山口淑子さんが、94年の生涯を閉じた。戦中は満州映画協会のスター「李香蘭」として一世を風靡(ふうび)。戦後は、俳優、テレビキャスターとして活躍し、参議院議員を3期務めた。
劇的なその人生は、私たちに多くのことを語りかける。
生まれは旧満州(中国東北部)。南満州鉄道で働く父は中国の人たちと親しく交わり、義兄弟の契りを結んだ。その縁で山口さんも「李香蘭」という中国名を持った。
北京の女学校には、父の親友の家から「潘淑華」の名で通った。時は日中開戦前夜。祖国日本と母国中国、それぞれへの愛情に引き裂かれ、「日本軍が攻めてきたら、北京を囲む城壁の上に立ち、どちらかの軍に撃たれよう」と思ったという。
だが、完全な中国語を話す日本人の美少女は、満映によって、「中国人女優・李香蘭」として売り出されてゆく。
日中のはざまで苦悩した山口さんは時代に翻弄(ほんろう)された「被害者」といえる。半面、日本の国策映画に出演し、プロパガンダの一翼を担わされた。
中国では日本人の横暴に心を痛め、憧れの日本では、中国服姿を侮辱された。
こうした自身の複雑な立場のどれからも目をそらさず、深く省みたことが、戦後の生き方を方向づけたのだろう。
いつも虐げられた側を思い、平和と人権擁護のために発言、行動した。パレスチナ問題に積極的にかかわり、元慰安婦への償いをする「アジア女性基金」の副理事長を務めた。
著書やインタビューでは、あやまちを率直に語った。
「李香蘭 私の半生」(藤原作弥氏と共著)には、こんなことが記されている。
李香蘭時代も、自分なりの信念を持ち、納得できないことは受け入れないできたつもりだった。しかし、日本にとって都合のいい中国の娘を演じた当時の主演映画を改めて見て、衝撃を受けた。信念というものが、いかにあいまいなものだったか、思い知らされた、と。
この罪を償うには、わびるだけでなく、自分の体験について作為を加えずに語るしかないと考えた。それでも、記憶が自分の都合のよいほうへ流れるのを抑えるのは、ひどく難しい作業だったと明かしている。
自分の弱さを深く自覚しながら、それでも過去と誠実に向き合うことでしか、人はあやまちを正せない。未来はその先にしかない。長い戦後を生きた山口さんのピンと伸びた背中から、いま学ぶことは多い。
2014/09/16
想定外と言えば・・・
STAP細胞騒動である。うっかりすると北朝鮮日本人拉致事件の方が先に解決しちゃったりするかも知れん、というグダグダぶりである。知り合いに理学部生物学科や農学部の出身者がいれば、如何にも嘘っぽいことが分かるというレベルの話なのに、未だ結論が出ないと言うのはこの世には本当に変な世界があるものだ。
2chまとめかどこかで同様の記述を読んだ気もするのだが、当初報道されていたSTAP細胞製作法を聞いた時にまず思ったのは、「濃縮オレンジジュースを良い塩梅に薄めて飲めば、失った消化器系が再生される可能性がある」ということだった。如何にも胡散臭い。
もしやに備えて「特定遺伝子発現促進成分添加オレンジジュース(医薬外品)」 の特許を取っとくべきだろうか?
「不寛容(イントレランス)」という表現が別の人からも出ました。
「窪田順生の時事日想」は視点が多彩で毎回楽しみにしているコラム?である。今回のタイトルは「それでも私たちは『朝日新聞』を許さなくてはいけない」、朝日新聞社の一連の姿勢とそれに対する反応について触れている。
窪田氏が「非寛容」という表現を使ったのは個人的にやや痛快(私が使ったのは「不」寛容だが、どっちもイントレランスの意味であろう、と我田引水)、この言葉でしか表現できないニュアンスが朝日新聞社への反応にはあるように私も思う。イントレランス(不寛容)という表現を本ブログで使ったのはほぼ1ヶ月前、本文中では触れていないけれども朝日新聞の8/5、8/6の記事も当然念頭にあった、というよりその時は敢えて朝日新聞社の記事には触れなかった。それは朝日新聞社への期待もまだあったからだ。
さて、窪田氏の文章の一部を引用させて頂く。
こうなるともはやジャーナリズムではなく「信仰」である。
今、彼らは自分たちの「信仰」を守ろうと必死になっている。「信仰」に批判や反発はつきものなのだ。世界中の宗教紛争を見るといい。「イスラム国」然りだが、弾圧をされることでさらに信仰が深まり、危険さが増している。
つまり、もし仮にアンチの人々が望むように『朝日新聞』が地上から消え去っても、「殉教者」たちに手によってより過激な第二、第三の『朝日』が生まれるだけというわけだ。だから、怒りにまかせて過激な行動にでてはいけない。腹わたが煮えくり返っている方もいるかもしれないが、それでも我々は『朝日新聞』を許さなければいけない。
異なる思想を暴力で排除するということは、韓国と同じレベルに落ちてしまうということなのだから。
うん、「殉教者」にしては絶対いけないし、個人的には最初っからそうさせるつもりもない。私の考えは単純で、
- 嘘をついて多くの人々に迷惑をかけた。
- 嘘により被害、或いは不公正な扱いを受けた人々に謝罪する必要がある。
- 嘘により被害、或いは不公正な扱いを受けた人々の名誉回復に率先して取り組む必要がある。
という風に、単純に倫理的問題、或いは「人としてどうなんですか?」というレベルの問題としか捉えていない。これは今までの関連エントリで言葉や表現を変えて何度も述べていることである。 朝日新聞社の有様は余りに隙が多く、理詰めで追い込もうと本気で考えている人間には良いカモになってしまうだろう。そのような動きが表層的にはほとんど見られないということは、この期に及んでもまだ朝日新聞社は甘える事を許されているのである。が、当の本人達は「まだ」甘えが許されていることに気づいていないようである(つまり、普通の日本人の目からも「察し」が無い馬鹿、阿呆、愚鈍に見える)。察しを欠き続ければ、更なる被害者を生み出し続けるだろう。ここでの被害者は主に元朝日新聞社社員である。
主義主張もイデオロギーも何も関係ない「人として」という話だから、「殉教」なんて出来る筈もない。 そもそも朝日新聞自体には見るべき論理性も、主義も思想も無いじゃないですか。だから言葉を弄び続ける朝日新聞記事やテレビでしゃべる朝日新聞論説委員などの言葉に寛容ではいられないのである。「嘘ついたんでしょ?」、「人としてその姿勢は問題では?」と言いたくなるのである。これは私一人の心象では無くて、同様の思いをもやもやしたまま抱えている人も多いのではないかと思う。そういう「日本人の美意識に照らしてプリミティブに受け入れ難い有様」を朝日新聞社に感じているのではないかと思う。故に「黙って購読中止」する人が多かったり、奥様方が動く事態が発生しているのではないかと思わずにはいられないのだ。加えれば、
朝日新聞社:「記事を取り消します。」
私:「はい、大枠分かりました。で、倫理的観点から、嘘をついたことに対してどう今後対応していくのですか?」
朝日新聞社:「(それ以外の事ばかり)うだうだ」
という感じで、ボールはまだ朝日新聞社側にあると私は思っている。朝日新聞社にはまだ対応を正す機会が与えられている筈なのだ。早くしなければ「朝日新聞社が生理的に受け付けられない」人間が増えるばかりだと信ずる。
2014/09/15
河野洋平氏ほか、国家招致について思うこと
今回は完全に主観。河野氏の国会招致に対して自民党がおよび腰との報道を受けてのエントリです。私なりの「察しとお思いやり」の発動方法ですが、当然ながら「意図的な劇場化」も図ります。
まず、私にとっての「河野談合」、もとい「河野談話」の認識(事実+想像)は下記の通り。
- 「河野談合」における「広義の強制性」への言及は「政治決断」 であった。
- 「政治決断」の目的は「河野談話」における「謝罪の対象を拡大」し、最後の「謝罪」とすることを意図していた。
- 韓国・金泳三大統領(当時)は「河野談話」を評価し、「これで未来志向の韓日関係が推進できる」旨の発言もした。
- 「謝罪した以上賠償も必要」とばかりに「謝罪」と「賠償」を結びつける「特定の勢力」が現れた。
- 「特定の勢力」の登場により、「政治決断」と「謝罪の対象の拡大」が悪用される事態となった。ここで「政治決断」の目的たる「最後の謝罪」は達成できなくなった。
- 韓の国政府及び世論、国内の一部報道機関も「特定の勢力」の主張に追従し、「政治決断」は完全に裏目に出ることとなった。
上記の認識に基づけば、「劇場化」によりあぶり出すべきは下記の点。
- 「河野談話」は「政治決断」であり、本来は「最後の謝罪」 を実現するものであった。従って、その意図するところに立脚すれば「河野談話」自体は間違いではない。
- 「河野談話」に関わる今日的な問題の本質は、「河野談話」に込められた意図(思いやり)を逆手にとって、「賠償」要求へとの関連付けを図った「特定の勢力」及び「追従者達」の存在にある。
- 河野洋平氏を売国奴などと呼ぶ風潮もあるが、当時の「政治決断」の意図の明確化とともに河野洋平氏の立ち位置も明示化すべきである。必要があれば明示的な名誉回復も考慮すべきである。ただし、河野氏は「特定の勢力」の登場以降に「それは違う」という声を何故挙げなかったのか、という点については語る必要がある。
- 「特定の勢力」及び「追従者達」を文字通り特定しなければならない。本丸は実はこちらの方である。
さすれば、河野洋平氏をはじめとする国会招致の落とし所、一種のシナリオは下記の通り。
まず、以下を明示化する。
- 「河野談話」作成過程の検証結果の再確認、国内承知の徹底
- 「河野談話」における「政治決断」の当時の状況下における妥当性
- 「河野談話」に対する韓国大統領の評価内容の国内外承知の徹底
- 「河野談話」に端を発する今日的問題が「政治決断」と基本的に無関係であったことの国内外承知の徹底。強調すべきは、「特定の勢力」の登場がなければ「河野談話」は日韓ともに有益な「外交的成功」たり得たこと、及び今日的問題の責任を河野洋平氏に単純に帰すべきではないこと。
- 国内問題は国内で解決するものとして、他国の内政干渉は一切受け付けないこと。
- 特に詐欺行為、虚偽報道には立件も含めて法的に対処する用意があること。法的措置の対象者が外国籍である場合は国外退去措置も辞さないこと。
次いで本丸。
- 国内「特定の勢力」及び国内「追従者達」の文字通りの特定と国内周知徹底
- 国内「特定の勢力」及び国内「追従者達」の国会招致
さぁ、「未来志向の日韓関係の推進を損ねた責任」を本来取るべき存在を明らかにしようじゃないの。「日韓共通の敵(あはは)」を特定しようじゃないの。河野洋平氏の現在の態度は状況を悪化させているだけにしか思えない。もし自分に非が無いと信じるなら、このシナリオに乗っちゃくれませんかねぇ。
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