2020/01/13

俺ルールとか正義感とか著作権とか悲しいやら訳分からんやら

 「他者の俺ルールが理解できない、そんなものに基づく非難や攻撃に苦しめられてきた」と過去に言っていた人が、自身の俺ルール丸出しとか見えない無根拠な主張を含む文章を書き。それを読みながら感じざるを得ない一種の悲しみ。あなたもそうか、そうなったか。

 文献資料に基づくオリジナル性・研究性の極めて高いコンテンツを作っている人が、別件では一個人の見解に過ぎないネット上の不確かな情報を無批判にそのまま拡散し。そんな様を見ながら感じざるを得ない一種の悲しみ。あなたもそうか、そうなったか。

 今は一種の悲しみを感じるだけの個人の行為だ。しかしネット上では、類似の行為が相互にエコーチェンバー現象を起こせば直ぐにでも特定の個人、団体の攻撃に変質し得る。起こり得る最悪のシナリオの一つは、攻撃の対象側には何ら非が無いこと、攻撃者の大部分が実は攻撃の理由に対して無関係な人間であること。かくて無自覚の加害者たる攻撃者は勝手に溜飲を下げ、被害者は加害者扱いを強いられる。

  原因は無知やリテラシー不足(主に訓練不足)、そしておそらくは薄っぺらくて純粋な「正義感」。「正義感」或いは「類似の何か」の介在を考えなければ、「大量の無関係な人間が加害者になる」ことは説明しにくい。他方、小集団による攻撃ならば「悪意」の介在がまず考えられるが。あと、「善意」と「正義感」とは別物ですぞ。

 ことネット上においては、どうも日本人は「正義感」を振りかざしてやりすぎることが多いように見える。ネット上で大量の日本人(厳密には日本語の書き言葉を使う人達)が一斉に「正義感」を振りかざす様は、内容の是非に因らず、時に大韓民国での国民情緒法に基づく政策の執行やアラブの春の初期の浮かれ具合に重なって見える。本や映画でしか知らない、紅衛兵たちにも、オンカーに思想教育された子供たちにも。

 「正義感」自体は否定しないが、私は小学低学年時代に意識して使うのをやめた。それまでも、それ以降も、私の周りで「正義感」を振りかざす人間が間違った対象をただただ攻撃だけする様を、リアルな世界でも少なからず見て来た。時に教師も然り。慣習、法よりも感情を優先し、或いは慣習、法を知らないまま感情のみに従い、特定の人間を攻撃する。始まりは「正義感」かもしれないが、結局は「俺ルールを声高に振りかざしているだけ」に直ぐに堕する。大学でのサークルの分裂の原因なんて、大抵はそんなものだ。

 「正義感」だけで始まったものはその初期から論理性も内実も伴わないため、始まりの「状況」とは無関係に行きつく先は同じものとならざるを得ない。「攻撃の手を緩めるな!」か、「飽きたから止める」かだ。シャーデンフロイデや類似の因子が混入すると、更に目も当てられない状況を呈する。

 ただリアルな世界では、薄っぺらい正義感にのみ依拠するような連中自身の薄っぺらさを論理的、直感的を問わずあっさり見抜く人間が多く(多かった)、かつ周囲に影響力があるようなデキる人間ほどそんなもには加担しないものだった。このため、実際のところは真っ赤な顔の人間の数が3人ほどまで減ったところで騒ぎは収まり、リアルなコミュニティ内での自身の立場の変化に気づいて逆に真っ青になるのが常だった。リアルでは「逃げる」と言う手のコストは高い、匿名性は使えない。片やネット上では、「逃げる」こと自体のコストは皆無に等しく、匿名性は当たり前のように行使される。

 少し話は飛躍する。欧米まで含めてのネット上では「正義感」はどのように行使されているだろうか。例えば著作権絡みで、私が具体例を知っているものではどうだったろうか。

 2010年ごろ、私は自作の3DCGモデルデータを米国、カナダのサイトで英文の使用許諾条件テキストファイル付きで無料で公開した。公開におけるデータ使用条件は実効的に一つ、「商用利用をしてはならない」だった(リンク)。が、程なくして「あなたのデータを自作と称して(Mesh theftやModel theftと呼ばれる行為)販売している人がいる」とのメールを受け取るようになった。 経過は省略するが、英、米、カナダ、ブラジルなどの人々(大部分はプロ/アマ3DCGモデラー、アマチュアフィジカルモデラー、プロ/アマCGIアーティスト、コミュニティの管理者など)が許諾条件違反を起こした人間に行使した「正義感」に根ざした行動はせいぜい当人をたしなめるレベルであり、攻撃は全くしなかった。その代り、権利所有者(つまり私)に、とにかく早く、正確な状況を知らせ、情報を共有する努力を尽くしてくれた。

 これは、「許諾条件違反を非難したり、状況の是正を関係する個人、団体、組織に要求する権利を有している人間が居るとすれば、それは権利所有者のみである」という慣習の存在と、関連する法律にその精神が反映されていることについてのコンセンサスが彼らにあったからだ。逆説的に言うと、この時に私が状況を是正する行動を起こさなければ、「許諾条件違反が許される」「私の持つ著作権は無視してよい」といった「前例、先例」を権利所有者自身が作ってしまうことになるのだ。「前例、先例」が重なるとやがて「慣習」と呼ばれる一種のコンセンサスとなる。このプロセスは国際法の成立過程と基本的に同じものだ。かくてほぼ1年の期間内に、4件の許諾条件違反に私自身が対応することになった。自分の権利は自分で守らなければならないのだ。

  許諾条件違反を起こした人間はのらりくらりと言い訳を繰り返し、時に気味悪いがまでにへりくだる、というのが洋の東西を問わずデフォルトだ。これら4件に関しては許諾条件違反を起こした人間の国籍が全て同じだったが、それ自体に意味を見出すつもりはない。ただ、やっぱりドイツとは関わらない方が良いという思いをいっそう強くしたことだけは白状しよう。

 さて、事に当たっての私の対応は単純だ。許諾条件違反者が利用しているサービス(3DCGモデル販売や3Dプリントサービス、例えばSHAPEWAYS社)の提供企業のサポート窓口に、許諾条件違反者が著作権の所在について虚偽の申告をしている旨を証拠(厳密にはネット上の大量のログ類の場所)を付けて通知しただけだった。この手が有効なのは、権利所有者自身からの通知だからだ。

 営利企業であれば権利関係のトラブルを本当に嫌う。どのサービスも対応が早く、テンプレなのだろうが実に丁寧な文章のメールでの連絡とともに、許諾条件違反者へのサービスが停止した。許諾条件違反者は使用していた複数のサービスからほぼ一斉に締め出され、捨て台詞を残して「逃げた」。許諾条件違反者の最初のセールストークから逃亡までのログは、私の具体的な対応のログとともに幾つかのネットコミュニティのスレッドに残った。

 一例としてこのスレッドがある。本スレッドの3ページ目の下端から2つ目のエントリで「私のモデルを使って金銭を得ようとした者」が長々と経過を主張しているが、この内容を信じる理由がなかった。と言うのも、1~2ページ目で彼が内容を編集・削除したエントリが複数あるが、それらの記述と矛盾する内容だったからだ。私の登場は2ページ目の2つ目のエントリだが、その前後で彼の発言内容は一変した。とまれ私の要求は「私のモデルを使って金銭を得るな」の一点のみなので、彼の主張する経過の真偽なんか私にとってはどうでもよいことなのは明らかだろう。スレッドからは分からないが、結局彼は私の要求に従わなかった。故に、彼が利用していたサービスの提供企業に、上述したように私が直接アプローチすることになった。

 ただ、編集・削除したエントリには私を名指しで煽ったり、半ば罵倒するような記述もあったから、私が彼に立腹していなかったかと言えば嘘になる。まさか当人が現れるとは思わず、調子に乗り過ぎたのだろう。彼は引き続いて「自分のアカウントが何者かに利用された」との主張を他のコミュニティのスレッドも含めて始めたが、多数の人間に主張の矛盾点を指摘された上に、私がメールのやり取りを通じて仕掛けた「罠」にも嵌ってさらに矛盾点が露呈、墓穴をより深く掘ることとなった。彼の主張をbollocks(たわごと、でたらめ、キン〇マ・・・)と揶揄する人間もいた。

 で、上述したような経緯を知る人が新たな許諾条件違反者を見つけた際、上記したようなスレッドのリンクを教えると直ぐに「逃げた」こともあったそうだ。許諾条件違反者に「こりゃ面倒くさいことになりそうだな」と思わせるだけの「前例、先例」作りに成功し、結果として「自動的に作動する自分の権利を守る仕組み」みたいなものも形成されたと言うことだろう。私のモデルをレンダリングした画像もネットに多数挙がったし、私のモデルをインポートしたゲームmodもある。全て無料で見たり、入手することができる。ただもう10年モノなので、最近は私のものの方がオリジナルであることを知らない人も増えている。

 これを武勇伝とするつもりは毛頭無い、と言うか、後に書いてあるように大局的には敗北にしかならなかったのだ。私自身が著作権絡みで自ら能動的に動き、一定の結果を得た、ということを分かってもらいたいだけだ。ただの脳内シミュレーションなどではない。外ならず私自身が経験したことなのだ。

 ちなみに、リンクを示したスレッドの中には「(こんなことが繰り返されると)益々モデルデータが公開されなくなる」と言った類の嘆きがある。私も自身のモデルデータの新規公開は止めたし、優れたモデルほど公開されなくなっていった。この辺り、3DCGコミュニティの縮小を早める一要因となったと個人的には考えている。そもそも私が自身のモデルデータを公開したのは、先達が公開してくれたモデルデータから多くを学んだことに対する感謝、恩返しの気持ちからだった。世代から世代へのノウハウ伝達を1サイクル進めることに関与したかった。しかし他の因子も重なり、3DCGコミュニティではその種のサイクルはほぼ失われた。自身の所有する権利を守ることに私や多くの3DCGモデラーは成功した。だがそれらは所詮局地的・一時的勝利に過ぎず、3DCGコミュニティ全体としては行動に移った人間の少なさもあって完全な負け戦となった。当事者である権利所有者が動かなければ、自らや自らの属するコミュニティの権利は守れないのだ。

 で、言いたいことは単純だ。なお以下の内容は法理上は間違っている可能性もあるが、肌感覚・経験則から実効的と信じているものだ。
  • 著作権はどこかへの登録などの如何なる手順をも踏む必要無く創作物に付随して発生し、契約などを介して他者に移譲などしない限り、その所有を認められる。が、それ故に、所有する権利を保護する仕組みはない。著作権所有者は所有する権利を自ら保護しなければならない。換言すれば、コスト(時間、手間、金銭)をかけることなく所有する権利が保護されるとの認識は、法的にも実際的にも誤っている。
  • 著作権所有者が自身の所有する権利を保護するためには、不幸にしてコストを払う必要が生じ得る。あらかじめコストをかける方法の例としては、自作曲の演奏権を管理団体に移管する(金銭支払いというコストが発生)ことが挙げられる。権利管理を他者に移管していない場合や移管できない権利が侵害された場合には、個々の権利侵害事案に権利所有者自身が対応する(時間、手間というコストが発生)必要がある。
  • 著作権の侵害を訴え、望ましくない状況を是正する権利を有するのは、基本的に著作権所有者又は著作権管理者のみである(少なくとも、著作権所有者または管理者ではない人間の権利侵害の訴えに企業等が対応する必然性は皆無である)。俗な言い方をすると、著作権所有者でも著作権管理者でもない人間は、他人の著作権が侵害されている状態に対して何かを主張する「権利」も「理由」も「資格」も本質的に有しない。「正義感」にかられた「匿名の人間」の立場は、まさにそう言うものである。
「解釈」することなく、「読解」して欲しい。 私は誰も攻撃、非難していない。敢えて「正義感」にかられてみた「匿名の人間」として、やりすぎている「正義感」にかられた「匿名の人間」に対して、「やりすぎですよ」、「やり方が違いますよ」と言っているに過ぎない。

 他者の有する権利の侵害に対して「正義感」にかられたのなら、権利所有者に状況を知らせ、状況を正すための行動を促し、具体的に権利者を手助けして欲しい。ネットを介してで十分、権利所有者とともに自らもリアルな世界に関与するのだ。「匿名の人間」のままネット上で完結する形で誰かを攻撃するような「安全圏から石を投げる」だけのような卑怯な行為はしないで欲しい、誰も得をしないから、誰も幸せにならないから。攻撃相手を間違えていると、自身が加害者となるばかりか、権利所有者など関連する人間も巻き込まれて加害者視されるリスクにも留意して欲しい。その「権利」も「理由」も「資格」も本質的に有せずに「匿名性」を保ちつつ他者を攻撃する人間は、リアルな世界では大抵「下劣な卑怯者」、良くても「間抜けなお調子者」とみなされる、と言う点も付記しておこう。

 そして、権利所有者が自ら所有する権利を守るために動かないのであれば、そのような権利は誰にも守られない、と言う「慣習」又は「世の現実」を受け入れよう。ついでに「正義感」なんて捨ててしまおう。「安全圏から石を投げる」ような攻撃は、相手に時間を与えるだけで無益だ。「論理」と「実績」だけが武器になる。「事実」なんて誰にも分からない。ネットは特性として権利侵害を助長するばかりで展開も早いので、「前例、先例」といった「実績」はすぐに積みあがる。「悪い奴ら」ほどネット上のサービスやシステムの利用法に長けている。だから権利所有者側も、少なくとも「悪い奴ら」と同じレベルでネットを利用しなければ負ける。

 例えばNoCopyrightSoundsがYouTubeを楽曲の公開先に使う理由についても一考してみて欲しい。著作権フリーの楽曲を自社サイトで提供するサービスが、自身のYouTubeチャンネルを別途持つことの利点は何だろうか?特定の動画がYouTubeのサービスにアップロードされた日時をYouTube自身が疑うだろうか?片やとあるサイト上のhtmlファイルに書きこまれている日時の信頼性を、誰が、どうやってYouTubeに保証してくれる?

 最後に、上で触れた「リテラシー不足(主に訓練不足)」についてのピンポイントな補足。

 例えばYouTube動画での使用音楽に対する権利侵害通知に関しては、国内の「個人」がネット上に公開している情報だけでなく、Redditなどもチェックして、海外でやり取りされているナマの情報や、それらやり取りの結果を反映して信頼性が高められたまとめ情報も参照して欲しいと思う。特に「権利詐欺団体」などと呼ばれるものについては、まじめにチェックして欲しい。

 Redditの特定のスレッドが例として挙げられるような、知識を収集し、信頼性の高い情報にまとめ、更にアップデートを続けるネット上のコミュニティは、日本には(日本語では)存在しない。従って、YouTubeのような国際的なサービスに関する信頼性が高くて有用な情報は、よほどの幸運に恵まれない限り日本語では得られない。

 ネット上に流通している日本語の「権利詐欺団体リスト」なるものの特定の系統は、例えば30年を超える歴史を持ち実態もある海外の演奏権管理団体を含んでいる。そしてそのようなリストを拡散する者、そのリストに載っているから件の演奏権管理団体を権利詐欺団体とみなして攻撃する者が未だに現れる。その演奏権管理団体が含まれていない「日本語」の「権利詐欺団体リスト」の方が系統としては多いように私には見えるのだが。

 またあるブログでは、100年を超える歴史を持ち実態もある海外の演奏権管理団体を権利詐欺団体と攻撃したり、権利侵害に関する問い合わせ先メールアドレスが同じという一点を理由として複数の団体を権利詐欺団体と見做している。成程、問い合わせ先メールアドレスが皆同じというのは確かに怪しい。が、この段階ではまだ怪しいだけだ。少し考えてみて欲しい。YouTubeにアップロードされた動画で使われた楽曲の権利管理という新しくてコストもかかる業務を、作曲権や演奏権の管理を作曲者らから委託された団体が自身で行っているものだろうか。

 実際のところ、「YouTubeにアップロードされた動画で使われた楽曲の権利管理」をサービスとして提供する会社(大抵はAppleやAmazonなどへの楽曲ライセンス提供および管理サービスも行っている)は無数に存在し、かつそのような会社はそれぞれ複数の顧客を持つ。YouTubeからの権利侵害通知に対する問い合わせ先はまずそのようなサービス提供会社の専用窓口となるから、複数の権利侵害通知に対する問い合わせ先メールアドレスが同じという状況は決して不思議なものではない。加えて「単一の楽曲」に対する複数の権利侵害通知の場合、申告者が複数でも国籍や管理権利の範囲が異なる系列会社である可能性が高く、当然同じ管理サービス提供会社を使っている可能性も高い。権利侵害通知がカナダ、米国、アルゼンチンなど複数国の団体、組織からのものであっても、管理サービス提供会社は米国内の一社ということは十分にあり得る、と言うことだ。この場合、問い合わせ先メールアドレスが同一となるのはむしろ当然と言える。

 音楽の著作権及び隣接権の構成は結構ややこしいためか、「YouTube動画での使用音楽に対する権利侵害通知」に関する日本語で書かれた個人のブログには、(自分に有利なような)誤解や知識不足に基づく誤った記述や、やたらと感情的で実効的に無意味な記述が少なくない。第一の原因としては、(上で既に触れてしまった)演奏権/上演権、編曲権など様々な権利の存在を知らない、理解していないことが挙げられる。

 また「動画中で演奏している楽曲の著作権」の権利侵害通知に対して、やっきになって「動画の著作権」をくどくど主張するというイタ過ぎるブログもある。そもそもの状況が「読解」できておらず、誤った「解釈」にただ拘泥し続ける様は読んでてツラいまでにイタい。

 日本人なら文脈から忖度して話がかみ合ってないことを察してあげられるが、論理のみで忖度などしない米国人なら「動画中で演奏している楽曲の著作権が自分にある」という有り得ない主張をしていると理解するか、主張の一部とて理解できないかのいずれかだろう。ブログに埋め込まれたYouTubeへの不服申し立てフォームのスナップショットを見ると、チェックされている項目は「自分に全ての権利がある」に相当するものだった。この対応、実は「相手をする価値もない、バレバレな嘘をつく変な奴」と思われても仕方ないものなのである。

 念の為に繰り返すが、ここでのYouTubeからの通知は「動画中で演奏している楽曲の著作権」の権利侵害である。件のフォーム入力結果を受け取ったYouTube側の人はビックリしただろうなぁ、世界的にヒットした楽曲の作曲権を、無名の日本人が突如主張した訳だからね。

 あと言うまでもないことだが、捻じれはもう一つある。他者が権利を持つ楽曲を動画中で演奏している以上、動画自体の権利所有者が動画作成者(ここでは演奏者でもあり、アップロード者でもある)のみである筈がない。権利侵害通知がたとえ「動画の著作権」に対するものであったとしても、不服申し立てフォームでチェックした項目は間違っているのである。

 片やネット上で正確な情報にまで至っていながら、その情報の誤読から結論を(自分に不利なように)間違えているという逆に残念なブログもある。日本語文章を素直に読解すれば良かっただけなのだが。

 時に公共の敵の如く嫌われるJASRACだが、彼らのウェブサイトに掲載されている著作権、隣接権の説明はなんだかんだ言って良くまとまっており、音楽著作権の理解が必要と考える向きには一度は目を通しておくことをお勧めする。JASRACはかっちり理論武装しているから、説明はそりゃ正確で簡潔、歪められてもいない。

 以前に音楽教室からの徴収について騒ぎがあったが、JASRACの音楽著作権の説明を頭に入れておけば法的な議論が実質的に発生しなかった理由、「正義感」に基づくような声に全く頓着しなかった理由は直ぐに理解できる。徴収額の根拠はともかく、演奏権に基づく徴収自体は完全に合法だからだ。自身の著作権(演奏権を当然含む)の管理をJASRACに委託した人達、すなわちJASRACが耳を傾け得る個人や法人から成る数少ない集団の一つ、のほぼすべての構成員がそれに異を唱えなかったからだ。

 個人的な理解(=JASRACになったつもりで考えたこと)ではあるが、JASRACが踏み込んだこととは、まず「音楽教室から徴収しないという法的根拠の無い慣習を止めたこと」、そして本丸は「法的根拠の無い慣習は止められる、という実績を作ったこと」である。いやぁ、エグいエグい。

 他方、プロの演奏家/上演者自身の書くブログなどの文章は、自身を守るためにも権利に関する理解が厳密かつ正確であることや実体験も反映しているため、記載内容の信頼性が極めて高い。プロのピアニストという職業が如何に様々な権利侵害のリスクにさらされているのかに驚くとともに、「Vocaloidを使ったカバー曲をYouTubeにアップロードしている自分」が「複数の権利侵害から慣習的に大目にみられているという事実」に背筋が凍る思いもする。替え歌も勝手な訳詞も1声を2声にするようなちょっとした演奏の変更も、音楽著作権・隣接権を杓子定規に適用していくと実はアウト、しかも・・・とかね。

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