2016/03/05

うむ、残念と言うべきか、でもそうじゃないかも(奇跡が必要)

 久しぶりにiTunes Storeをチェックしていて-MASA works DESIGN- さんのアルバム「ADULT」にぶつかる。

 視聴してみての素直な感想は、「音や曲調は、90年代前半の海外テクノとそれを中途半端に導入した当時の日本のダンス曲群、さらに浪速のモーツァルトことキダタロー先生の作品群とのミクスチャーだな」と言うもの。新しくは無いけど、着眼点やコンセプトは(そうならば)面白いと言うか、変に通好みと言うか、どうにも正体を捉えかねる楽曲群だなというのが第一印象だった。

 ただ、この時点ではエラい勘違いと言うか、第一印象に引きずられ過ぎた結果としての誤解があった。「ボーカルのオリジナル音声は肉声によるものであり、加工の結果、或いは意図的な加工によってボーカロイドの初音ミク的になっている」と思ってしまったのだ。ググった結果、それが初音ミクそのものの合成音であることが分かった瞬間は、何とも不思議な、エントリタイトルのような感慨を持つに至ることになる。

 それでもあくまでこだわりたいのは、視聴の際に「ボーカル音声が初音ミクの合成音声と感じられなかった」点だ。あくまで私個人の印象だが、ボーカロイド音声自体を楽曲への取り込み方という点では多くの凡庸な初音ミク楽曲とは明らかに一線を画している。当然、曲自体をボーカロイド音声に寄せるというのも方法論としては含んでの話である。この印象が所謂「調教」に起因するのか、イコライジングを含むエフェクトやミキシングに起因するのかは分からない。ボーカロイドっぽさの排除または隠ぺいの効果的かつ効率的な方法論は未だ確立されていない(おそらくそのような方法論なぞ大部分の使い手は求めてもいないのだろうが)。

 「実は初音ミクであったこと」は、失望に近いニュアンスで「残念」と言おう。ただし、それは以下の個人的印象の裏返しでもある。視聴した範囲でこれら楽曲群は「初音ミクでなくても成立し得る」、「初音ミク楽曲であるから(少なくとも商業的にも)成立しているという訳ではない」というものだ。なんとか桜は楽曲としては死ぬほど退屈、凡庸で聞くに堪えないものなのに人気だけはあったという事実を思い浮かべて頂ければ、逆説的に私の言いたいことは分かってもらえるのではなかろうか。-MASA works DESIGN- さんには是非、ボーカロイドなんぞ使わずに楽曲を作って頂きたい。

 さて、本エントリ内容の切なさは、 -MASA works DESIGN- さんの目指すところとは十中八九違うだろうなという一点に集約されよう。ちょっとでも交差するようなところがあれば、もうそれは十分に奇跡だろう。

 で、私が購入するかどうかだが、「初音ミク楽曲と分かってしまっては残念!」と言うことで愛して許してタムレ。

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