約1年前に生活に関わるとある手続きをした直後から、迷惑なメールや電話が突然増えた。迷惑メールに至っては、それまで2~3件/日のところが一時的に150件以上/日にもなった・・・ん?Amazonの会員更新に失敗?その本屋使ったのは20世紀が最後やぞ。手続きと言うのは別段変なものではない。既に口座を持っている銀行の個人情報に、新たに携帯電話番号を追加登録するレベルの些細なものだ。
ちなみに私が契約しているプロバイダではかなりの数のメールアドレスが無料で使えるので、この種の手続きには専用のメールアドレスを用意して使うことがある。この方法の利点は、①少なくとも迷惑メールが増えた原因、つまりメールアドレスの漏洩がどの手続きの結果で起きたかが確実に特定できる、②そのメールアドレスを破棄すればそのアドレス宛ての迷惑メールはもう来ない、といったところだ。①は漏洩した具体的な情報の推定に重要だ。
で、迷惑メールや電話は3ヵ月ほどでほぼピタッと無くなったのだが、未だに迷惑な電話で残っているものがある。合成音声を使った世論調査と言うやつだ。とにかく設問の日本語がどうとでも解釈できるものであるため、答えようがない。答えたくても答えられない。正しい或いは適切な調査結果は、正しい或いは適切な質問と正しい或いは適切な選択肢との組み合わせからしか得られない、最初の設問を聞いた瞬間に調査自体の意味の有無が十分に判断できる内容のお粗末さはお寒い限りだ。
こう言っては申し訳ないかも知れないが、電話世論調査なんてのは「何を生み出すのか」と言う観点からは虚業スレスレだ。そして、合成音声による低コストが売りとの謳い文句の裏返しは、極力人を雇っていないと言うことだ。世論調査の設問や回答を作るAIを誰かが作るまでも無く、アレクサやコルタナ、或いは彼らの後裔たちがユーザーと雑談を始めるようになれば、現在はかろうじて世論調査とやらで収入を得ている人々の収入源も絶たれ、世論調査自体が完全に虚業化してしまうだろう。
世論調査会社の無くなった世界はローウェル的ではないかだって?現在を「ローウェル的ではないことを装ったローウェル的世界の賭場口に居る」と見做す私からは、世論調査会社の無くなった世界を一概に良いとは見做せないものの、より良い世界を我々自身が手繰り寄せたり作り上げたりできる「可能性」は増した世界になるのではとしか今は言えない。マスコミの発表する世論調査の調査母数は小さく、年齢層や回答者の思想に片寄りがあり、発表される数値が結局鉛筆を舐めた結果でひずんでいることを、私達はもう疑っていない。
マスコミが発表する世論調査とやらの内容や結果も頭をかしげるものが多いが、 調査自体がこんな調子では察するところもある。頻繁に調査電話がかかってくるあたり、調査対象の選定過程にも疑義が生まれる。ランダムな選定でこんな高頻度は有り得ない。固定電話も含めて電話番号は電話帳含めて一切公開したことが無いから、そもそもどういう経緯で調査対象の選択肢に含まれるようになったかも怪しい。特に固定電話の番号は寮生活時に入った部屋の外線番号を引継いだものなので、私が使用する以前にも電話帳などに掲載された可能性は全く無い。企業の社内内線電話に紐づけられた外線番号が電話帳に掲載された筈が無いからだ。20年以上使ってきた電話番号だが、1年程前から突然ランダムに選ばれる調査対象に頻繁に選ばれるようになった、と言う状況自体はもはや奇跡を超えたファンタジーだ。ならば日々懸命に現実を生きる、もはやファンタジーを必要としなくなった一個人としては、そんなもの最初から相手にしなければならない道理が無い。そこに現実として存在する路傍の石の生まれから現在の位置に至るまでの経緯に思いを馳せることの方が、よっぽど意味があると言い切ってしまおう。
別エントリに書いたことがある筈だが、職業柄とうつ病罹患の経験から私は非論理性や非合理性に極めて敏感でほぼ確実に拒絶反応が出る。とある人に言わせると表情が一瞬で無くなるそうだ。やはりうつ病の経験がある同僚の一人は、目だけが笑っていないなんとも微妙な表情になり、語気が急に強くなる。一見攻撃的になったように見えるが、実際は緊張と自己防御のための反応であろうと同じ病気をやった私は想像する。うつ病の原因として度重なる他者からの非合理的な要求が挙げられる場合、そうなってしまうのは当然とも思う。自分は自分でしか守れない。心の伴わない「忙しいところ申し訳ありません」という合成音声による言葉を最後まで聞くまでも無く、私は電話を切らざるを得ない。それに続く非論理的、非合理的で、時に背後にある筈の知性の存在を疑わせるような言葉の羅列から、私は私を守らんければならない。
古いSFファンなら分かると思うが、人工知能やアンドロイドが開口一番に「まことにすみません」とか「申し訳ありません」と口にしたりそれらの言葉を繰り返すと言う小説内や映画内の描写は、かつては定番のギャグだった。だからそこを論理的に外してきたHAL9000の描写は、基本不気味で時に酷く恐ろしい。
閑話休題。
最初の調査の電話は固定電話にかかってきた。恐らく在宅時間を狙ったものだろうが、休日の昼食前、夕食前の時間にしぶとくかかってくる。休日の食事は基本的に自分で作るので、ちょうど火を使っている時間になる。慌てて一時的な火の始末をして出た電話がこれではがっくりする。できあがった食事も、途中でいったん火を止めたせいで食感がイマイチになることもある。このため、この時間の固定電話には出なくなった。そもそも生活上必要な電話連絡は携帯電話をデフォルトにして久しく、特に親しい人には「固定電話には基本出ない」と伝えてある。実際、10年近く電話がかかってきたことはなかった。
半年ほど経って、ついに固定電話ではなく携帯電話にかかり始めた。偶然とは恐ろしい(棒、固定電話が調査対象から外れたタイミングで携帯電話が調査対象となった。なお携帯電話の番号は各種の契約に関わる事案以外では完全非公開で、間違い電話を除くと取得して20年以上にわたって面識の無い人間から電話がかかってきたことは無い。かかってくる時間は平日20時台とかで、帰宅途中や直後だったり、今からくつろごうかとか考え始める時間だ。通知される電話番号は複数有り、インターネット上の口コミ情報や調査を実施している会社のウェブページも参考に一つ一つ着信拒否を設定していった。そして今日、ついに「番号非通知」でいつもの合成音声の電話がかかって来た。
「番号非通知」なら出なければ良い、と言う考えは正しいと思う。リスク管理の観点から、今時「番号非通知の電話に出てもらおう」などと言う考えは甘い。ただ親戚などに古い固定電話しか使っていない高齢者も居るため、「番号非通知」だからと言って無下にはできない事情がある。つい昨日までは、「番号非通知」の電話こそ重要用件の可能性が高い電話だったのだ。全くもって迷惑千万な状態の出来と言える。
携帯への「番号非通知」の呼び出しにはとにかく出るけど、いつもの合成音声が聞こえれば即切る、そんなことが暫く続くかも知れない。これ。迷惑防止条例とかの対象にならないの?
あと、これは明言しておく。正しい或いは適切な質問と正しい或いは適切な選択肢との組み合わせを提供するなら、電話世論調査だからと言って無下な対応はしないよ。