対ISの軍事活動はただでさえややこしい要素が絡んでいるところにイランの参加で更にややこしくなったように見える。出来るかどうかは別にしても、米国は明らかに調整役を果たすつもりは無いようだ。米国の現政権らしい反応だが、中東におけるレジームチェンジの可能性も垣間見える。
そもそもはイラクの一部であるクルド人自治区の取り扱いの厄介さだ。従来の自治区域を奪取した後、果たしてそこで留まるかは明らかではない。血で購って奪取した土地を手放すことを期待することはナイーブに過ぎる。イラクからの独立も想定されるシナリオに織り込んでおく必要があると思う。クルド人自治区の独立は、国内にクルド人居住区域を持つトルコにとってはセンシティブな問題だ。つまり、トルコとクルド人自治区の両方に同時に良い顔はできない。かくの如くのジレンマがあるがため、良い意味で宗教的に色の無い日本でも出来ることは思いつかない。
イランの参加は、報道を見る限り、「大義を主張しないまま」の行動だ。故に、イランの意図は未だ読めないのが実態だ。対IS活動に宗教戦争のキャラクターを与えるのが危険である事はよほどの○○でもない限りは分かることだから、海外の一部マスコミの言説を除けば、この構造が露わとならないように各国ともかなり気を使っている様子が見て取れる。イラクは大義を掲げられない、何を言おうとスンニとシーアの宗派対立構造に言及されることが目に見えているからである。ISを殲滅出来たとしても、「シーア派によるスンニ派(のハネっ返り)の殲滅」という色が付けられてしまうとイランにとっても何も良い事は無い。それでも血を流したとなれば、何らかの見返りは求めるだろう。
おそらく、イランはシーア派の現行イラク政府から何らかの言質を得ているか、今も言質を得るチャンスを狙っているかの何れではないかと邪推する。現行イラク政府への米国の影響力を排除できればイランにとっては上出来だ。イラク政府の後ろ盾としての地位を入手できれば、領土的野心が有ったとしてもそれをむき出しにする必要もない。レジームチェンジの可能性がここにある。イラク領内の影響力をいったん確保できれば、トルコとクルド人自治区との関係、シリアとの国境問題などがイランが制御可能な事案になり得る。イランは極めてデリケートな対米カードを複数持つことができる。片や米国はシリアやイランはもちろん、イラクに対しても何もコミットできない。ISの登場は、米国の近年の外交的、軍事的な不手際、或いは失態を白日の下に晒すことになったという事だろう。
対ISについて中共は何もコミットしていない、おそらくできない。現在の指導体制となってから、中共は大国として振る舞う事を完全に止めてしまっている。これは意図的なものでは無く、指導層が小物の集団であることの単なる証左だろう。内政問題もあろうが、大国は大国たらんとしなければ大国とは言えない、やせ我慢の一つも出来なければそれは大国では無いのである。中共は大国となることに失敗したと言って良いだろう。人民解放軍の言行はチルディッシュに過ぎる。対照的に、イランは大国の風格を備えつつある。
国連は完全に機能していない。米国はもとより、中共やロシアにもビジョンは無い。英仏は従来の中東諸国の国境線を引いたという点で現行の中東レジーム構築に良くも悪くも深く関わっており、口も手も出しにくい。イランは間違いなくこのような状況を読んだ上で行動している。
そしてイスラエルファクターもある。
ポストIS時代が来た時、イランという国はどのように見えるだろうか。ちなみに良くも悪くも日本はイランの様にはきっとなれない。一般的な日本人は、一見対立しているように見える複数事案をあらためて相対視し、別視点を導入することに長け過ぎ、かつそれに慣れ過ぎているからだ。「対立構造」を「対立構造のままにして利用する」ことが苦手なのである。所謂「解決癖」というヤツだ。