2014/09/02

対話のドアは・・・

 東亜日報の記事から。ポイントは赤字の部分、それ以外はどうでも良いです。
「首脳会談を除いてはどんな対話も行う」 政府の対日外交に方向転換を示唆

AUGUST 27, 2014 03:14    

政府が来月、高官級の訪日を推進するなど、対日接近に切り替える方針であることが26日、確認された。

政府関係者は、「韓日首脳会談を除いて、日本といかなる対話であれ行う」とし、このように述べた。日本との対話のドアを閉じていた政府が、攻勢的な対日外交に乗り出す方向転換を予告したのだ。

ただし同関係者は、「日本が責任ある行動を示してこそ韓日の首脳会談を実施するという基調は維持される」と強調した。首脳会談だけは、歴史と日本軍慰安婦問題に対する日本側の責任ある措置がなければならないという前提条件がつけられた。

複数の政府関係者によると、外交部は、趙太庸(チョ・テヨン)第1次官が韓日次官級戦略対話を行うために、来月初めに日本を訪問する考えを日本側に伝え、返答を待っているという。日本側が内閣改造などで時期を定められないため、趙次官の訪日は秋夕(チュソク、陰暦の8月15日)以降になる可能性が高い。韓日次官級戦略対話は、李明博(イ・ミョンバク)政府だった昨年1月に日本で開かれたが、朴槿恵(パク・クンヘ)政府発足後、一度も開かれていない。趙次官は、外務省の斎木昭隆事務次官など日本政府の高官級に会い、軍慰安婦問題の解決と韓日関係の正常化について協議する。

韓国政府が長い間の沈黙を破って、先に日本に高官級対話と訪日を提案した基調変化は、韓日協力に重きを置いた朴槿恵大統領の8・15光復節の式辞からうかがえる。政府はその後、高官級対話など韓日対話の通路拡大を検討してきた。

このような方向転換の背景には、韓日対話中断の責任の所在を明らかにするという意図もある。政府関係者たちは、「日本は国際社会で『韓国が韓日対話を妨害している』という枠組みを作っている。このような枠組みを破るために、日本と様々な対話を行う」と説明した。このような方向転換により、最近、韓日外交当局の北米、中東局長が会ったうえ、文化局長間の協議も予定されており、経済省庁間の高官級対話も検討されている。

鍵は、やはり軍慰安婦と歴史問題に対する日本政府の責任ある措置を引き出せるかどうかだ。韓国政府は、慰安婦問題の解決の核心は、日本政府が強制動員の責任を認めることだと見ている。韓日首脳会談の開催に固執する日本政府も、軍慰安婦問題の解決のために韓国に高官級特使を送り、朴大統領との面談を推進しているという。しかし、安倍晋三首相の歪曲した歴史認識が変わっていないという限界も依然として残っている。

一方では、11月に北京で開かれるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議で、日中首脳会談が開催されるムードであるうえ、米国の韓日関係改善の圧力が強くなっており、政府がやむをえず引きずられるのではないかという観測も流れている。

「日本との対話のドアを閉じていた政府がー!!」

「日本との対話のドアを閉じていた政府がー!!」

「日本との対話のドアを閉じていた政府がー!!」

って韓国政府の言ってることとは違うにゃ。(←ヱヴァ:破効果)

2014/08/31

物語の共有の否定、或いは「情けは人のためにならず?」


 素人目には主張に色々と引っかかる。「日本軍が関与したことを示す資料」 とかいう曖昧な表現はいい加減やめて欲しい。これは自分の主張の優位性を意図した印象操作であって、普通は「卑怯」とされるやり口である。

 問題を遡及的に取り扱うのは近代法治国家では禁じ手だ。これでは開戦時には国際的に無かった罪を戦後に問うた「東京裁判」と同じである。
人身売買禁止が国際法で規定されていないと主張するのは日本しかない。日本政府が今年7月、国連市民・政治権利委員会で日本軍慰安婦は性奴隷ではないと話 したことは問題だ。性奴隷ではないというのは‘慰安婦=売春婦’ということだ。これは慰安婦被害者を二度侮辱することで、新しい加害だ。
  「日本しかない」ことは重要ではない。これは明確な印象操作であって、まず明確にすべきは「人身売買禁止が国際法で規定されたのが何時か」であるべきだ。それを主張しない事は、主張者にとって都合が悪い「事実、真実」がある可能性を想起させる。

  「性奴隷ではないというのは‘慰安婦=売春婦’ということだ。これは慰安婦被害者を二度侮辱することで・・・」の部分は日本人の感性を意図的に無視し、逆手に利用している可能性がある。公娼制度の運用実態については十分な知識を有しないので踏み込まないが、「慰安婦」という表現が「公的に職業として認められているにも関わらず、それを『売春婦』と呼ぶことが差別的であるが故に使われた可能性」は全く無いのだろうか。日本特殊論を唱えるつもりは毛頭ないが、特定の文化圏と時代性のコンテクスト(文脈)を意図的に排して、事後的乃至遡及的(つまり、現在の価値観でのみ捉え)、さらに「国際法」という錦の御旗の下で糾弾する姿勢には大いに疑問を感じる。はっきり言ってしまえば「庶民感覚」として「卑怯者の所業」にしか見えない。

 これを国際問題として捉える視点は「遡及」によってしか現れない。当時の朝鮮半島は大日本帝国憲法の施政下にあり、国土の一部であって植民地ですらない。当時の枠組みでは「国内問題」を越えることはないとしか論理的には解釈できない。

 遡及法は近代法治国家では許されない。加えて「国際法」の名の下に文化差を考慮しない取り扱いは恣意的な運用、或いは「国際法」の悪用である。ただでさえ民族主義、宗教原理主義の先鋭化で 「より広い文化圏で共有可能な国際法」の成立性、実効性は揺らいでいる(本来の国際法は、文化圏の価値観差にまで踏む込まない範囲でのコモンセンスであるべきである、というのが個人的な心証だ)。

 ただ「強制性」が前に出てこなくなってきたことは、実は重要な前進である。朝日新聞社もそうだが、結局証拠がないと何を主張しようと駄目、ということだ。問題点のすり替えは戦線に例えれば撤退を転戦と呼ぶに等しい。明確な誤魔化しであり、「嘘」は特定の人間の懐を肥やしつつ、「被害者とされた人々を加害者にするとともに、最終的には本当に被害車にしてしまう」危険を孕む。幸か不幸か、日本人の感性は「最終的には本当に被害車にしてしまう危険」を察知した時点で、その一線を越えないように知恵を絞ると言うものだ。

 「察しと思いやり」、である。

 だが、今や日本人?ですら、その日本人の感性を悪用してきたことが白日の下にさらされてきている。が、私の信じる日本文化のしなやかさは、一線を越えないという感性と、一線を越えた場合の冷徹さを両立させられるだろう。

 「従軍慰安婦問題」の「真の加害者は誰か」、「真の被害者は誰か」。いったん問題化した以上、或いは問題化させた勢力、人間がいる以上、それを「幸いに変える」、或いは「災い転じて福と為す」には「言葉遊びにのみ興じる勢力」を排すると同時に、然るべき制裁を受けさせる必要がある。冷静に、論理的に、慌てず急いでしなやかに進めなければならない。通常、「共同体の掟」を破ってしまった者は、その共同体からの保護は受けられない。長年にわたって適用が猶予されてきた共同体で共有される掟というものは曖昧とならざるを得ない。が、過去より存在するが故に明示化された時点で「遡及的」であるとは必ずしも言えない。単に知らなかっただけ、では逃れられない。更に踏み込めば、「それを知らないことは違う文化圏に属する」ことの証左とも言えるのである。「自らの利益のためにその文化圏に属しているふり」をしていたのであれば、「その文化圏の掟で裁かれること」も受け入れなければならない。それが世の習いというものだ。

 全文を読んで、真実が何処にあるのか、捻じれががどこにあるかを一緒に考え、興味のおもむくまま色々と調べてみて欲しい。




【慰安婦問題】 国連に「慰安婦=性奴隷」と訴えた戸塚悦朗弁
護士インタビュー「慰安婦問題は解決していない」
日本の国際人権法権威者、戸塚悦朗弁護士は1992年2月、国連人権委員会で‘日本軍慰安は性奴隷’と初めて慰安婦問題を国連に提起した人物として有名だ。彼は今月20日、世界日報と のインタビューでも「日本軍慰安婦は強制でなければなされず、意志に反したもの」とし、「性奴隷が明らかだ」と再確認した。また、慰安婦問題は日本国内でも犯罪行為として糾弾され、1965年の韓日請求権協定で解決されていないという点も明らかにした。

-どうして慰安婦問題を国連に初めて提起することになったのか。
「初めから慰安婦問題のために国連で活動したのではなかった。精神障害者の人権問題解決のために裁判で敗れた場合、国連規約人権委員会に通知できる‘個人通知権’制度を導入するよう日本政府に要求したが拒否された。個人通知権が導入されなければ被害者代理の弁護士が国際社会に訴えるほかなく、かえって負担が大きくなるといったが、政府はそれでもダメといった。やむを得ず、毎年、国連に行って日本の人権問題を提起せざる得なかった。そうするうちに在日 朝鮮人と韓国女性たちが助けてくれと言うので、慰安婦問題に介入することになった。」

-初めはためらったと聞いたが。
「1992年、国連に訴える2年前、社会党の本岡昭次参議院議員の依頼で慰安婦問題を検討したことがある。しかし弁護人としてその問題の解決に同意できなかった。まず被害者がおらず、事件として検討できなかった。また、国家を相手にした訴訟になる他ないが、当時の日本国内法では勝つのが難しいと考えたためだ。ところが1991年8月14日、キム・ハクスン氏が慰安婦だったことを証言し、1992年1月、中央大、吉見義明教授が防衛庁資料館で日本軍が関与したことを示す資料を発掘して公開した。弁護人として問題にする義務があった。ちょうどその年、国連人権委が予定されており慰安婦問題を扱うことに決めた。」

1992年2月、彼は国連人権委員会で日本軍慰安婦は国際法上人身売買違反とし‘慰安婦は性奴隷’と主張した。彼の問題提起をきっかけとして国連で慰安婦議論が公論化し始めた。

-なぜ慰安婦は性奴隷なのか。
「日本軍関与資料と被害者証言集を見て判断した。国連では国際法違反問題を提起しなければ発言や呼び掛けにならない。国際人権条約がなかった第二次世界大戦以前の国際法で最も重視された人身売買禁止を適用した。また‘私が女性なら日本が戦争に勝てばと思って(慰安婦を)絶対しはしないだろう’と考えた。それは強制にならざるを得ず意思に反するものと考えた。そうなると誰でも奴隷と考えるわけで、性問題なので‘性奴隷(sex slavery)’と命名した。‘自分の意志で兵士を慰安する’慰安婦という言葉はお笑いだ。」

-今、国際社会で日本軍慰安婦は性奴隷という認識が確立されたか。
「確立されている。人身売買禁止が国際法で規定されていないと主張するのは日本しかない。日本政府が今年7月、国連市民・政治権利委員会で日本軍慰安婦は性奴隷ではないと話したことは問題だ。性奴隷ではないというのは‘慰安婦=売春婦’ということだ。これは慰安婦被害者を二度侮辱することで、新しい加害だ。被害者を見ると心が痛む。」

-日本は問題がみな解決されたという立場ではないのか。
「慰安婦補償問題が1965年韓日請求権協定で解決されたと言うのは話にならない説だ。いつかキム・ヨンシク元外相は当時の交渉過程で不法行為問題の議論がなかったとして‘もし不法行為が発見されれば後で交渉する’という日本代表、久保田貫一郎が話した議事録を公開した。日本は関連資料を公開しないでいる。実際の交渉では経済協力やお金の問題だけ話した。併わせてお金の問題は解決したが犯罪問題は解決されなかった。慰安婦問題は第二次世界大戦前の日本裁判所も認めた犯罪問題だ。1965年の交渉過程で犯罪問題は扱われなかった。」
(後略:弁護士の経歴など)

埼玉=キム・ユンチョル特派員

ソース:世界日報(韓国語) [インタビュー]「国際法上人身売買禁止違反…‘慰安婦=性奴隷’明らかに」
http://www.segye.com/content/html/2014/08/29/20140829003367.html
引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1409407649

2014/08/30

「コード分析」という手法

 おそらく変わっていないとは思うが、私が学んでいたころの四年制大学は「教養課程」と「専門課程」に分かれていた。専門課程とは文字通り専門教育を受ける課程であり、例えば工学部機械科ならば他の学科と共通の講義や機械科独自の講義を受けることになる。他方、教養課程は学生の所属学科に依らずにどの講義でも受講できる。教養課程を終えるためにはまず総取得単位数が一定の値を越えていなければならいが、所属学科が指定した「必修科目」の単位も取得(つまり合格)しなければならない。私の出身大学は当時「教養課程専門のキャンパス」があったため、教養課程は1年半で終えなければならなかった。パスできなければ、いわゆる留年となる。

 大抵の留年生はの留年理由は総取得単位数である。サークル活動にどっぷりだとか、ただ学校に行かないだとか、理由は色々あろうが意外にそれらのバリエーションは少ない。かく言う私も留年しかけたのだが、学生課の職員に指摘されたように理由は特殊だった。総取得単位数はほぼ2倍でクリアなのだが、「必修科目」の取得単位数が教養課程修了規定数ぎりぎりだったのだ。私は工学部に合格したが、教養課程ではほとんどを文系科目の受講で過した。東洋近代史とかが大好物だったのである。

 と、ここまでが長い前書き。

 そんな文系科目の中で私が受講した「倫理学」の講義がとても面白かった、と言うか、「あぁ、そんなものが世の中にあるのか!」と目からウロコだったと言った方がおそらく正確だ。

 題して「昔話のコード分析」である。

 ここで言う「コード」とは、私が良く使う「規範」の意味である。倫理学におけるコード分析であるから、分析結果として得られるコードとは「倫理規範」或いは「道徳」と言い換えても良い。「道徳」と考えてもらって実のところ全く問題ない。それは「やっていいこと」や「やってはいけないこと」の境界が何処にあるか、境界を越えるとどういうことが起り得るか、ということを考えるという意味では同じである。続きを読むと分かるが、いわゆる「教訓話」は分析対象とはならない。それは概して「教訓自体」が具体的に物語中で明示されるからである。

 さて、分析対象たる昔話とは如何なるものか、文字通りの解釈で良い。例えば「さるかに合戦」、「泣いた赤鬼」、「一寸法師」、「はなさかじいさん」、「つるの恩返し」などなどだ。先にぶっちゃけておくと、「昔話のコード分析」が果たして学問的なアプローチと言えるかは心もとない。一種の文芸批評手法とも被るのだが、そのいい加減さというか恣意性というか、本質的に客観性を担保できない特性というかは、筒井康隆氏の「文学部唯野教授」を読破するまでもなく理解できる。つまり、分析で得られた結果を「一個人の解釈」から「客観的な、一般的な解釈」にするための道筋を分析手法自体が内在していなからである。

 「昔話のコード分析」とは、昔話の中に「埋め込まれた」日本人が時を経て引き継いできたコード(倫理規範、道徳規範)を抽出しようという試みである。ここで「埋め込まれた」をわざわざ括弧付きとしたのは、コード分析を適用する時点でそれが仮定、或いは暗黙の事実として取り扱われるからである(絶対埋め込まれている、というスタンスを採る)。別の言い方をすれば、「コード分析」自体が適用時に既に破綻している可能性は暗黙のうちに排除されているのである。で、なぜその可能性を排除できると見做すかというと、「昔話がさしたるバリエーションの分岐も経ずにほぼそのまま語り継がれるのは、物語自体がその物語構造を維持させるべく何らかの機能を有しているためである」と解釈できるからである。そして更に踏み込んで、その機能が「日本人としての倫理規範や道徳規範を伝えること」にあるからであるという解釈をする。真面目に考えたところで「卵が先か、鶏が先か」になるだけなので、ここは「ふ~ん」と流してもらってかまわない。

 ざっくりと例を挙げよう。昔話「つるの恩返し」では、妻が猟師である夫に「私が機を織っている間は部屋を決して覗かないでください」 と念を押す。しかし好奇心に負けた猟師は部屋を覗いてしまい、美しい妻の正体が鶴であることを知ってしまう。正体が知られたことを悟った妻は鶴に姿を変えて猟師のもとを去る。まぁ、ストーリーの一部をこういうつまみ方をした段階で既に恣意的ではあるのだが、これらのストーリーの流れから抽出できる「道徳」とは如何なるものか、と考えるのがこのコード分析である。

 「親しき仲にも礼儀あり?」、ちょっとくくりが大きすぎるかもしれない。「夫婦の間に隠し事があったとしても、それが悪意に基づくものとは限らない」?、「例え夫婦の間でも約束は守らなければならない」?、そんなところだろうか。そう、ただそれだけの話なのである。とても学問とは思えない。かくの如く、「昔話のコード分析」自体に意味があるのかないのかさっぱり見えてこない。が、その枠組みと言うか考え方自体は繰り返しになるが面白い。

 トールキンは「英国における神話の不在」を嘆いて「指輪物語」を執筆したという。ここで神話とは「創生神話」といったものではなく、特定の文化圏で「共有される」物語である。物語の共有は所属する文化圏の境界を明確にするとともに、内容によっては「道徳規範」の共有という機能も果たすだろう。もしあなたが「つるの恩返し」と類似した約束を他者としたとしよう。あなたはどう振る舞うだろうか?さらにあなたが「つるの恩返し」という昔話を知っている場合と知らない場合に振る舞いが変わる可能性はあるだろうか?もしあなたの振る舞いに「つるの恩返し」のストーリーを知っていることが影響がするなら、「つるの恩返し」という昔話は何らかの機能を持っていることになる。また影響があるならば、物語の共有は振る舞いや価値判断の共有手段ともなり得るということまでは言っても良いと思う。

 「昔話のコード分析」の洗礼を受けた後、様々な文化圏の神話や伝承譚の比較が格段に面白くなった。 また高校生のころに徹底的に読み込んだケルト神話の再解釈、さらにはクトゥルー神話群の作家による題材の選び方の違いにも合点がいくようになった。一つのキーは、どのような死に方をしたくないと作家自身が考えているかという点だ。化けて出る方法や理由は、調べてみるとと文化圏によってかなり違うことが分かる。共有機能を果たしているものは、民間伝承であったり、神話であったり、宗教の教えであったり様々だ。これにシンボル分析を加えれば更に面白くなる。例えば「ひとつ目、赤い肌の怪物」のシンボル的解釈は、欧州と日本で共通する部分が多い。ヒントは製鉄技術だ。

 大風呂敷を広げると、テロ組織ISIS(イラク、シリアのイスラム国)が米国ジャーナリストの処刑になぜあのような方法を「選んだ」のか、そして米国やそのほかの国々がどのように反応し「得る」かが多少なりとも推定できるようになる。 スンニ派ムスリムの少なくとも一部は殺されるにしても「首を刈られる」ことを望まないだろう、彼らの世界観に従えば天国に行けなくなるからだ。相手の文化を理解し、背後に存在する価値観を踏まえなければ、ただでさえ強烈なメッセージに込められた言外の、文化依存のメッセージは見逃してしまう。それは逆のパターン、真に友好を求めようとする場合も同様だ。自衛隊の海外活動時の相手側文化へのリスペクトを見るにつけその思いは強くなるし、日本人の持つ文化はそういう研究と実践を尊ぶ側面をも持っていると思う。共有の仕組みができればこれはとてつもない強みだ。相手側文化に則った振る舞いは言葉が通じなくても直ぐにそれと分かるものだ。

 最後に再び物語の持つ機能に話を戻そう。

 「正義と悪という概念は相対的である」

アニメ「ザンボット3」の物語を共有する日本人なら納得できるでしょ?

p.s.

 厳密に昔話の分析をしようとするなら、その物語の別バージョンとの相違点や類似点、時間的な変遷も追っておく必要があることが今だからこそ分かる。全てのバージョンに共通し、時間を経ても変わらない部分は、何か別の変わらなかったものを反映している筈だ。それが「道徳規範」かどうかはまた別の話だけどね。 

p.s.2

 「かまってチャン」をあしらうのは「無視」に限る、という 分析結果は今まさに・・・

フィアット、直観、覚悟、幸運、ただし後悔は無し

 かつて「フランスはシトロエンを持っているが、フィアットはイタリアを持っている」とまで言われたそうである。シトロエンは国有自動車会社、対してフィアットは国をも支配する勢いを持つ大企業グループだったということだろう。現在のインドにおけるタタ・グループのスタンスが近いかもしれない。なんせタタは鉄鋼製品から自動車、トイレットペーパーまで供給する存在だ。

 フィアットは自動車製造から始まり、「陸に、海に、空に」を合言葉にあらゆるものを設計、製造、販売する一大企業グループに成長した。原子力を含む発電所用の機器製造などにも携わっており、「FIAT」のロゴの描かれた古い図面を仕事で目にすることが今だにある。が、驕れる者は久しからず、2000年ごろには倒産の可能性が当たり前に語られようになっていた。しかし、新経営陣の抜本改革が功を奏し、純粋な自動車製造・販売会社として完全に復活した。今は自動車部門を除いて全ての分野を分離、売却し、さらに米国クライスラーを合併して米国への足掛かりも得ている。ちなみに現在のアルファロメオ、ランチア、アバルトはフィアット傘下のブランドである。

 FIAT 500に乗っているとたまに「ルパン(三世)の車だね」と言われる。ディーラーの方と話をしたときも、「ルパンの車(の現代版)」を理由に購入した人が多いのだそうだ。ナンバープレートも某映画中の旧FIAT 500にちなむものを希望する人が少なくないらしい。だが以前のエントリでも書いた通り、私の中では新旧含めてFIAT 500とルパン三世とには一切の接点がない。

 現在のFIAT 500の原型はコンセプトカー「2+1(トレピウノ)」にある。「2+1」というのは基本2シート、シート配置をいじることで3シートにもできるという小型車コンセプトで、実際のところはコンセプトそのものよりも旧500のデザイン意匠が大胆に導入されたことが注目されたと記憶している。時期的にはフォルクスワーゲンの新型ビートルが好評を持って迎えられた時期と前後する。当時の私は自動車運転免許を取得すらしていなかったが、「2+1(トレピウノ)」の写真を見た瞬間に「10年後には私はこれを運転している」と「直感した」ことを明言しよう。この直観がなければ、未だに運転免許を持っていなかったかも知れないし、現在FIAT 500を愛車にしていることなんて尚更あり得ない。

 私の人生の大部分は「直観」による判断とその後の「幸運」からできていると言って良い。大学の選択しかり、研究室の選択しかり、就職先の選択しかりである。全ていきなり一点勝負であった。ポイントは「直観」による判断、選択を信じ、その一点は決して譲らないことであろうと思う。それは時に厳しいが、自分に言い訳するなんてことは願い下げだ。例え望むように事が進まなくなかったとしても、後悔として将来に禍根を残す可能性は個人的にはないと言って良い。逆説的だが、後で後悔するようなことをやること自体が一種の愚行という認識なのである。

 さて、結局FIAT 500の製品化までには「2+1」からほぼ5年を要した。そのため、先代かつ私の最初の愛車はFIAT Nuova Pandaとなった。運転免許取得の約1ヶ月前にアルファロメオ・フィアットディーラーが近所にオープンするという幸運な巡り合わせ付きであった。

 私が運転免許を取得したころのフィアット車の評判はと言えば、これは目も当られぬものだった。曰く、「高速道路走行中にエンジンが落下した」、「駐車していたらエンジンから出火した」といった具合で、サムスン電子のスマホもびっくりの酷さだった。イタリア在住の自動車関連ライターのコラムでも、フィアットディーラーの営業スタッフが「どうせもうすぐ倒産するんだから」と口にする様を紹介していたほどである。

 しかし既に触れたように、自動車製造・販売会社としてのフィアットは復活する。「我々の(品質管理における)ベンチマークはトヨタである」と明言した当時のCEOにちょっとシビれたが、その言葉に嘘はなかったということだろう。Nuova Pandaは「新生フィアット」を体現した良い車だったと思う。いわゆる「サンダル」、街乗りユースには全く文句のない車だった。これも一種の「幸運」だろう。

 さて、これまでの流れからだけならFIAT 500が発売されたとなれば直ぐにでも飛び付いていた筈なのだが、その直前に業務多忙を原因に「軽度のうつ」を発症して高価な買い物なぞできない状態となってしまっていた。実のところFIAT 500とNuova Pandaはプラットフォームを共有している。つまり極論すると、エンジンが同じであれば両者には外観とエンジンや足回りのチューニングレベルの差しかない事になる。初期のFIAT 500のエンジンはNuova Pandaと同じFIRE1.2ℓを搭載したモデルもあったから、極論とは言えあながち間違いとも言えないだろう。

 病気が原因で購入時期が当初の予定より4年ほど遅れた結果、Twin Airエンジン搭載車という選択肢を得ることができた。ターボ付き空冷2気筒エンジンとか、現在の日本車ではあり得ない方向性だ。優等生エンジンであるFIREに較べてれば癖は強いし、街乗りでは燃費もイマイチだ(実力でたった17km/ℓ!)。が、そのFIREエンジン搭載車ですら運転が楽しいのがフィアット車である、Twin Airエンジン搭載車となればどうなるだろうかと期待も不安も膨らんだものだ。Twin Airエンジンの搭載は私の中では「新型500らしさの獲得」以外の何物でもなく、「ついに乗り換え時期が来た」と確信したものである。例え不安が的中したとしても「好きでする苦労」は楽しいものなのである。一見すると私の行動はギャンブルだが、私の中ではどう転がろうが「勝ち」しかないのである。これは一種の「覚悟」とも言えると思う。

 FIAT 500というプロダクトの存在感が気になったという身にとっては、このような状況すらも幸運と呼ぶべきなのだろう。「覚悟ができるなんて、なんと幸せな!」

 私にとってのFIAT 500 Twin Airの購入は、約10年前の「直観」とその後の様々な「幸運」にやっぱり彩られている。

2014/08/29

グダっているのかどうか、だけどね。

 後でじっくり読みましょう、論理レベルが分かる筈。朝日新聞DEGITALの記事から。まぁ、第一段落で既に「日本語からの超訳?」みたいな「変な英語」感がハンパない、coolはねぇなぁ、せめてcoldだろうね。
Look squarely at essence of 'comfort women' issue

2014年8月22日10時00分

By NOBUYUKI SUGIURA

Executive Editor

Japan-South Korea relations have cooled in a manner unseen in the past. One reason for the increasingly troubled relations is the large gap that exists between the two nations over the "comfort women" issue.
The issue first came under the spotlight in the early 1990s. After a former comfort woman came forward to tell her story, debate and research on the topic progressed.

What was gradually brought to light were the conditions that led to women having their dignity and honor severely compromised during a time of war at comfort stations created in various parts of Asia, through the involvement of the military.

Now, after about 20 years, a move to review the Kono statement, which acknowledged Japanese military involvement and offered an apology, has provoked opposition from within South Korea.

South Korea has also maintained a rigid position, refusing to accept the feelings of apology and remorse expressed by the Japanese government.

With the comfort women issue becoming a political problem, the Abe administration conducted a study into the process behind the compilation of the Kono statement and released a report about that study in June.

Groundless criticism has arisen among some commentators as well as on certain Internet sites saying, "The comfort women issue is a fabrication of The Asahi Shimbun."

Moreover, a former Asahi reporter who wrote articles about former comfort women has been maligned by name. That has led to inquiries from our readers asking, "Are those allegations true?" and "Why don't you respond?"

We have put together special pages reflecting on our coverage of the comfort women issue because we believe that fulfilling our responsibility to our readers to explain ourselves will provide the first step toward the start of new discussions that are oriented to the future.

Although we ran special coverage on the comfort women issue in March 1997, we have once again gone over the points of contention while also relying on subsequent research.

In the early 1990s when the comfort women issue first came under the spotlight, research on the issue was not at an advanced stage. We continued to write articles based on the testimony given by former comfort women as well as the few documents that were available.

We have now learned that there were factual errors in some of those articles. While those errors occurred at a stage when the overall picture of the issue was not yet clear, we do reflect on the fact that there was insufficient information gathering to support those articles.

Similar errors also emerged at that time in articles carried by other Japanese media outlets as well as in articles by the South Korean media.

It has been pointed out that some of that inaccurate reporting has led to confusion in the understanding about the comfort women issue.

However, we absolutely cannot agree with the use of that as a reason for espousing "the comfort women issue was a fabrication" and arguing "there is no need to apologize to the former comfort women."

The reason we cannot agree is because some of the arguments being made to protect the honor of one's own nation by degrading the victims as "prostitutes" only incite nationalism in both Japan and South Korea and create factors to complicate the issue.

We are concerned about the spread of inward-looking discourse that avoids looking at the unpleasant past and incites emotional confrontation.

There is no way to erase the fact that during the war there were women who were forced to serve as sexual partners for Japanese military personnel.

The essence of the issue is that comfort women had their freedom taken away and their dignity as women trampled upon.

In the 1990s, during the fighting in Bosnia, the attention of the international community was concentrated on rapes by militia members. How a nation views sexual violence toward women during times of war is now viewed internationally as a human rights issue concerning women. The comfort women issue is also connected to such contemporary themes.

When the Asian Women's Fund, created through a combined effort of the public and private sectors, gave atonement money to the former comfort women, it also included a letter from the prime minister of the time that had the following wording:

"(Japan) should face up squarely to its past history and accurately convey it to future generations. Furthermore, Japan also should take an active part in dealing with violence and other forms of injustice to the honor and dignity of women."

The letter contains the resolve of political leaders to proceed along a path of reconciliation by overcoming confrontations revolving around historical recognition.

Next year will mark 70 years after the end of World War II and 50 years after the normalization of relations between Japan and South Korea. However, the national security environment in East Asia is increasingly unstable.

The comfort women issue is one topic that cannot be avoided in the building of a future-oriented and stable relationship with our neighbor.

We will continue to report on this issue without changing our basic stance.

***

In this special coverage, we will analyze what the comfort women issue is all about and respond to the questions that our readers have about our reporting in the 1990s. We will also take a look back at the wavering Japan-South Korea relationship over the past 25 years because of this issue and also have experts present their views on the comfort women issue.

2014/08/28

かっちぇー!!

宣言 国民と共に立たん(昭和20年11月7日)

 支那事変勃発以来、大東亜戦争終結にいたるまで、朝日新聞の果したる重要なる役割にかんがみ、我等ここに責任を国民の前に明らかにするとともに、新たなる機構と陣容とをもって新日本建設に全力を傾倒せんことを期するものである。今回村山社長、上野取締役会長以下全重役、および編集総長、同局長、論説両主幹が総辞職するに至ったのは、開戦より戦時中を通じ、幾多の制約があったとはいえ、真実の報道、厳正なる批判の重責を十分に果し得ず、またこの制約打破に微力、ついに敗戦にいたり、国民をして事態の進展に無知なるまま今日の窮境に陥らしめた罪を天下に謝せんがためである。今後の朝日新聞は、全従業員の総意を基調として運営さるべく、常に国民とともに立ちその声を声とするであろう。いまや狂瀾怒濤の秋、日本民主主義の確立途上来るべき諸々の困難に対し朝日新聞はあくまで国民の機関たることをここに宣言するものである。

朝日新聞社




2014/08/26

つ ねつ造乙

 今流行りの「アイスバケツ」、サムスン電子のスマホGalaxy S5でもやったとか。で、今や世界の笑い者になっているようです。
 「アイスバケツ」前後で画面表示が違う、合成だな、という指摘ですね。壊れたんなら出さなきゃ良いのに、っつーか完全に意味不明。

2014/08/25

FIAT500≠ルパン三世

 昨日の昼間、映画「ルパン三世」の特番をTVでやっていた。で、たまたま観たのがFIAT500を使ったカーチェイスシーンがらみの部分。監督が出てきて「FIAT500でのカーチェイスは皆観たかったでしょ」みたいな事をドヤ顔でしゃべっていたが、実は凄い違和感。個人的には全く観たくもないし、ルパンらしくもない。

 「FIAT500は某映画の監督や作画監督の趣味であって、ルパンの趣味じゃないでしょーよ」、と言うのが正直なところ。

 ルパンが拳銃連射するシーンにも凄い違和感。私にとってのルパンは一発必中、しかも「狙いはそこか!」ってならないとつまらないし、カッコ良くもないよね。

 それはさておき、今度の映画では富士山は噴火しない・・・よね?

2014/08/23

朝日新聞シリーズ記事「慰安婦問題を考える」英語版、読んだ記事の冒頭からいきなり日本語版と内容が違うんですが!

 朝日新聞(朝日新聞デジタル含む)は8/5、6にシリーズ記事「慰安婦問題を考える」を掲載した。しかし、通常であればほぼ当日中に行われる英語版の掲載が当該シリーズ記事に限って為されていないことが報道他社含め多方面から指摘され、一部では非難の声も挙がっていた。当ブログ主も英語版記事を掲載しない朝日新聞社の姿勢を「まさにゲスの所業」と見ていた。

 当ブログでは、このシリーズ記事のうち2件の記事を挙げて私なりの注釈を加えてみたりしている。記事の内容は置くとしても、論理的には酷い文章であること、偏向乃至は印象操作が疑われる記述が散見されるのは動かし難いだろうと感じている。

 関連エントリ: 朝日新聞「慰安婦問題を考える」の不完全な解説 #1 #2

 そんな中、昨日になって英語版記事が掲載され始めた。正直、記事自体を見つけるのにかなり手間を喰ったことを告白しよう。本来一番目にそれらの記事が出てきてもおかしくない「検索ワード」を使って記事検索しても、なかなか目当ての記事がヒットしなかったことが理由のひとつである。もちろん、使用した検索ワードは英単語だ。英語版記事掲載の可能性については、過去エントリで次のように書いた。
でも真面目な話、あのシリーズ記事の英語版は書けても英訳は不可能だと思う。姑息なレトリック満載の記事の文章は論理破綻の塊で、日本語ですら成り立って いない。そんな文章、或いはそもそも論理構造も論旨すら備えていない唯の単語の羅列なんか、論理構造がより明確であり、あやふやな記述を苦手とする英語に 訳せるとは思わない。翻訳を頼まれた人が居たとしても、できる人間ほど頭を抱えてしまうだろう。概して英語で曖昧な文章を書くことは難しい。
当時の私の思いはともかく、やはり英語版記事は日本語版とはかなり論理的に異なる内容のものになっている。今回は英語版記事"Testimony about 'forcible taking away of women on Jeju Island': Judged to be fabrication because supporting evidence not found"の最初の1段落だけを日本語版記事と比較するだけでそれは良く分かる。

 「1段落だけ抜きだすのは恣意的では?」と思う人もあるだろう。しかし記事は「疑問→回答」の形式を採っているので、第1段落は「疑問」の部分そのものであり、単独で論理性などを吟味することには恣意性も任意性も入らない。「正しい回答、解答」を得るには「適切な疑問、質問」を発することが必要だ。その観点からは「回答」部分よりも「疑問」部分の方がむしろ論理的にきっちりと閉じている必要があると言って良い。

 では、始めよう。

英語版記事
Question: There was a man who testified in books and meetings that he had used violence to forcibly take away women on the Korean Peninsula, which was Japan's colony, to make them serve as comfort women during the war. The Asahi Shimbun ran articles about the man from the 1980s until the early 1990s. However, some people have pointed out that his testimony was a fabrication.
対応する日本版記事
〈疑問〉政府は、軍隊や警察などに人さらいのように連れていかれて無理やり慰安婦にさせられた、いわゆる「強制連行」を直接裏付ける資料はないと説明しています。強制連行はなかったのですか。
 testifyは「証言する」、testimonyは「証言」、a fabricationは「つくり話、つくり事」、comfort womenは「慰安婦達」。

 さて、この時点で英語版と日本語版とで既に論理的観点から見て大きな違いがある。日本語版では「政府は、軍隊や警察など」という強制連行の主体の記載があるが、英語版には「政府」も「軍」も「警察」も出てこない。 

 日本語版では以前からの朝日新聞の主張、すなわち「日本政府、軍、警察は慰安強制連行の主体であり、日本政府に謝罪と賠償の責任がある」を反映した文章となっている。しかし英語版では、「日本の植民地であった朝鮮半島で、証言者(吉田氏)は暴力を用いて強制的に女性を連れ去った」と書かれており、「一人の男」(a man)である証言者(吉田氏)しか慰安婦強制連行の主体として挙げられていない。つまり、記事の最初の段落から日本語版と英語版の記事の内容は本質的に異なっている、「まさにゲスの所業」である。

 他方、あくまで「日本の植民地」(Japan's colony) という表現は譲らない。私の知っている歴史的経緯からは「日本統治下」(under the Japanese rule)あたりが妥当だと思うのだが。また、太平洋戦争をthe war(~これぞ全世界万民にとっての戦争の中の戦争!The war of wars!戦争の中の戦争!)と書いてしまうセンスは英語的にはかなり疑問、というかかなり書き手が頭悪そうに感じられる英文。ネイティブの書いた英語ではないか、ネイティブが書いた英文を英語を良く知らない人間がいじったとか、可能性は色々考えられますがね。

 on?which?articles about the man!?とか細かいところを挙げたら実のところキリが無い。これらは文法上の話ではなくて記述されている内容の論理構造に関わる話、行間や文脈を敢えて読まずに「英文で記述されている論理」をそのままを受け入れようとしても意味が全く理解できない、ということだ。

 日本語版と英語版の「疑問の内容の違い」の原因が、「もともとの日本語版記事の段階で回答が疑問に対する回答になっていなかった(論理破綻していた)」ので「単純に翻訳してもまともな英文にならない」、ならば「いっそ疑問の方を回答に合わせて変えちゃいましょう」、とかだったりするんじゃないかと本気で怖い。もしそうなら脳だけでなく性根も腐りきってる。

 あと、Questionと言いながら、英語版は全く疑問の要素を含んでない。会合などの質疑応答で「質問をせずにただ自分の主張を述べ続ける人」みたいなDQNな感じは否めませんね

 最初の段落だけでこの有様。

2014/08/21

侵入者を殲滅せよ!

 今住んでいるアパートには新築で入った。新築の良さは何と言っても「ゴキブリが居ない」ことである(訳有り物件の可能性が低い事ももちろん重要、学生時代にエライ目にあったからね)。実際、7年以上ゴキブリを見ることはなかった。が、約1ヶ月前についに現れた。おそらく隣室への入居者の荷物とともに侵入したものと思われる。

 基本、虫とは言え殺生はしない主義なのだが、如何せん相手の挙動が自由過ぎる、勝手に俺(座卓生活者)の身体に登るな。そしてついに繁殖の揺るぎない証拠が確認された。

 という訳で既に発動していた封鎖作戦「座卓の盾」を破棄、昨晩から化学兵器「ハンドソープ」を主兵装とする非接触大規模殲滅作戦「座卓の嵐」の発動を決定した。守りから攻めへの方針転換である。「砂漠」→「座卓」と、作戦名が地口としてイマイチなのがつくづく残念ではあるのだが。

 昨晩は封鎖作戦「座卓の盾」で追い込みに成功した大物を浴室(ユニットバスなので入口、排気口、排水口以外に開口部なし)で殲滅、今晩は小物達の挙動を10分ほど観察して洗濯機脇の本拠(空の卵のある場所)を急襲、十匹以上の小物を一気に殲滅した。残念ながら一、二匹逃したが、明後日にはブービートラップ(ゴキブリホイホイの類ね)を設置する予定である。