今月公開になったサーブ社によるグリペンのプロモーション動画、至極まっとうな作りで驚きとかはない。だが、グリペンの方向性と言うか、有様、ひいては商売上のメッセージは明確だ。
ドラケンから引き継がれる稼働率の高さや良好な整備性は当然ながら、 ネットワーク機能(情報共有機能)の導入具合は群を抜く。「個ではなく群れで狩る」ことを大前提に開発された最初の近代多用途戦闘機ではないかと思う。敵を狙う機体とその敵を撃つ機体が「同じ群れに属する」別々の機体で良い、と言うのが典型的な「群れで狩る」例だ。
日韓国交50年―首脳が打開に乗り出せ
2015年6月4日(木)付
日韓の首相経験者や財界関係者らでつくる「賢人会議」がソウルに集い、1日、朴槿恵(パククネ)大統領に安倍晋三首相との首脳会談を促した。
朴氏はその席で「早期に関係改善できるよう努力したい」と語ったという。 日本と韓国にとって今年は、特別な年だ。植民地支配した国と、支配された国が国交を結んだのは50年前。記念すべき条約の調印日は6月22日である。 だが、政治や外交の現場では目を覆いたくなるようなお寒い関係が続く。その荒波をかぶるかのように両国の国民感情にも暗い影がさし、日本の側でも嫌韓の空気の広がりは深刻だ。
とはいえ、少しずつではあるが、政府同士の関係が復元力を機能させつつある。先月は日韓の財務担当相が会談したのに続き、約4年も開かれていなかった防衛相会談も実現した。 あとは首脳会談だけだが、まだ開催のめどは立っていない。もつれあった糸をときほぐすこともリーダーの重要な仕事のはずだが、こと日韓関係にあっては両首脳の存在感は薄い。 首脳会談が実現しない最大の理由は慰安婦問題をめぐる意見の違いである。政府間協議で意見は近づいてきたが、双方が取る具体的な措置をめぐって、まだ完全には折り合えない。
慰安婦問題を含む歴史問題については、米国の日本研究者らが「偏見のない清算」を呼びかける声明を出した。元慰安婦の被害者数が何人であろうと、女性たちが尊厳を奪われた事実が重要だ、との国際社会の標準的な視点を抑制的に指摘した。
声明は、韓国や中国の「民族主義的な暴言」を批判しつつ、安倍氏の「大胆な行動」を求めている。発表時に187人だった署名者は世界的に増え続け、いまや400人を超えた。
政財界の先達も、海外の知日派も、不安まじりではあるが、期待の視線を注いでいる。両国民の間にも、遠ざけ合うより打ち解け合いたいと願う気持ちがあることは間違いない。
両国の政治のこだわりのほかに関係改善を阻むものは、そんなに多くないのだ。半世紀の交流を温めてきた隣国の関係をもとに戻す痛切な責任感を、当事者がもつしかない。
22日の節目の日を、無為に過ぎ去らせてはならない。東京とソウルでは、それぞれ祝賀行事が予定されている。
両首脳はせめて、互いに足を運び合い、そこで隣国への思いを語るべきだ。今日と未来に責任をもつ政治指導者として、自らが動くときである。