我々は「真空中の光速」よりも速い速度では移動できないという。NASAにはワープ航法の実用化を真面目に検討している人もいるし、少なくとも2本の論文、真面目にワープ航法の実現可能性を考察したもの、は読んだことがある。ワープ航法に立ち入る前に、我々が「真空中の光速」よりも高速では移動できない理由について、面白いモデルがあるので紹介しよう。
アインシュタイン博士は「時空」という概念を用いた。英語では"Time-Space"、そのまんまである。我々は三次元空間内に存在する、少なくとも認識できている空間次元は三次までだ。ここに時間を加えて四次元の空間を考える、それが「時空」だ。
我々は時空の中に存在し、実は「真空中の光速と同じ速度で移動している」。文章的には「常に」とか使いたいところだが、如何せん時空は時間も含んでいる。「そのころ未来は…」という言い回しは某SF小説家の名前を一躍有名にしてしまった爆笑ネタだが、図らずも「時間」という概念の認識の曖昧さを端的に表した事例かと思う。
さて、「真空中の光速と同じ速度で移動している」ということは、時間が我々の周りで流れているのではなくて、我々自身が時間軸に沿って移動しているということだ。今あなたはPC画面を目の前にしてじっとしているかもしれない、つまり三次元空間内を移動はしていない。が、それでも時間軸にそって「真空中の光速」で移動しているのだ。結論から先に言うと、「我々が真空中の光速を超えた速度で三次元空間内を移動できないのは、我々が時空(四次元空間)の中で真空中の光速でしか移動できないからである」ということなのだ。ん?
議論をより厳密に取り扱うために数式を導入しよう。ただし、以下の式が成り立つのはあなたが我々が存在する時空を「外」から見ている場合である。
我々の三次元空間内での移動速度を U 、時間軸に沿っての移動速度を V 、真空中の光速を c とする。ここで U はベクトルで、速度だけでなく速度の向きの情報を持っている。他方、V 及び c はスカラーと呼ばれ、大きさ(ここでは速度の絶対値)だけを持つ。気を付けて欲しいのは、V や c は正味の速度を表す量だからマイナス値は取らない。
時間軸に沿っての移動は向きが決まってしまっている。これはエントロピー増大の法則から決まる向きで、ざっくりと言えばビッグバンによる我々の存在する時空の始まりから遠ざかる向きと理解してもらえば良い。時間軸に沿った移動の向きを与えるベクトルを e としよう。e は長さが1のベクトル(単位ベクトルと呼ばれる)なので、V・e が時間軸に沿っての移動速度及び向きを与えるベクトルとなる。基本的な道具立ては終わったので本題に入ろう。
上記の定義から下記は明らかだ。
(我々が時空内を移動する速度と向き)
= (三次元空間内を移動する速度と向き)+(時間軸に沿って移動する速度と向き)
= U + V・e
さて、 (真空中の光速) = (我々が時空内を移動する速度) だから次式が成り立つことになる。ここで"| |"は絶対値を与える演算子で、何をやっているかと言うと「移動の速度と向きを持つベクトル」から「移動の速度だけを取り出してスカラー量に変換する」ことをやっている。
c = | U + V・e | = ( | U |2 + V2 )0.5
この関係式は、3つの辺の長さが c 、| U |、V の直角三角形の辺の長さの関係を表す式と同じ形、斜辺の長さが c だよ。上式の両辺を2乗して項の順番を入れ替えると次式が得られる。
V2 = c2 - | U |2
改めて確認しよう。右辺第1項中の c は「真空中の光速」であり、変化しない一定値だ。右辺第2項中の U は「三次元空間内の移動速度」であり、我々が物理的に可能な範囲で自由に選べる速度と向きの組み合わせだ。そして左辺が曲者、我々が「時間軸に沿って移動している速度」だ。従って上式の関係は、「我々が時間軸に沿って移動する速度 V は一定ではなく、三次元空間内の移動速度 U によって変わる。」ということを表している。
それでは「真空中の光速」で三次元空間内を移動してみよう。つまり、
| U | = c 。
すると、
V2 = c2 - | U |2 = c2 - c2 = 0
となる。 V = 0 ということは「時間軸に沿って移動している速度が0」、つまり「真空中の光速で三次元空間内を移動すると、移動者の時間は全く進まなくなる(時間が無限大に伸びた状態となる)」ということだ。時間が経たないとなると加速はできないから、「三次元空間内の移動速度は真空中の光速を超えられない」ことになる。「三次元空間内の移動速度」と「移動者の時間」との関係は、「特殊相対性理論」の範囲内では上で示した式で計算できる。
ちなみに三次元空間内の移動速度を真空中の光速より大きくするとどうなるだろうか?時間を逆行する?…それは残念ながら間違い。計算上は時間軸に沿って移動する速度が「虚数」と呼ばれる特殊な値となる。虚数を表すためには別の新たな次元が必要となる。つまり、これまで考えてきた四次元の時空の外へ飛び出してしまうということだ。「伝説巨神イデオン」の「亜空間航法(デス・ドライブ)」は割とこの考えに馴染む設定だと思うよ。
繰り返すけれども、この関係式は「時空の外から我々の移動の様子を見ている」場合に成り立つものだ。見られている当人は「時間軸に沿っての速度自体やその変化は認識できない」のだ。
式を使ったせいで逆に分かりにくくなったかもしれないが、頭の体操のつもりで一回考えてみて欲しい。なかなかに目から鱗な話だと思うよ。
最後にワープ航法について簡単に触れておこう。実は「特殊相対性理論」の枠内では常に上の関係が成立するため、ワープ航法が可能となる見込みはない。ワープ航法を可能とするには「一般相対性理論」の枠組みが必要だ。「特殊相対性理論」では「時空は均一でゆがみや捻じれはない状態」しか取り扱えない。「一般相対性理論」では「時空にゆがみや捻じれがある状態」も取り扱いが可能となる。
「時空にゆがみや捻じれ」を発生させる原因は重力だ。ブラックホールは「時空が極端にゆがんだ状態」と考えてもらって構わない。光が太陽の周辺で曲がるといった「重力レンズ効果」は太陽の重力によって周辺の空間が歪んでいるために発生する。光は直進しかしないから、その航路が曲がって見えるということは空間が曲がっていると考えるしかない。
で、ワープ航法。
「時空内を移動する」のではなく「宇宙船の出発地と到着地の間の空間だけをギュッと圧縮」すれば良いのだ。宇宙船は三次元空間内を移動していないので、「真空中の光速」による制限は受けない。問題は「出発地と到着地の間の空間だけをギュッと圧縮」することができるとしてもそのためには膨大なエネルギーが必要なこと。とある仮定に基づく計算では、必要なエネルギーはビッグバン時に宇宙全体に放出されたエネルギーと同等と見積もられている。仮定によって必要エネルギー量は減少できるけれども、とてつもなく膨大であることには変わりがない。さらに、「ギュッと圧縮された空間」をどうやって宇宙船が横断するか、という問題はまだ解決はされていないのだ。う~ん。
ワープ航法に要するエネルギー量の低減の可能性を示唆する宇宙論として「ブレンワールド」がある。詳しくはググッて頂戴。ブレンワールドの考えは、重力が物体間の距離の増大にともなって余りに急激に減少することの説明に使われたりする。つまり、重力は「時空」の外へ漏れているが故に「三次元空間内の距離の増大」に対して急激に弱くなるのではないか、ということだ。ブレンワールド仮説が正しい場合、人工的にブラックホールを作るために必要な正味のエネルギー量が大幅に低減できる可能性がある。要は時空外に漏れた重力波の航路を曲げるなり反射させるなりして時空内に戻してやれば、膨大なエネルギーが入手できてしまうということ。この時空が壊れちゃうかも知れないけどね。
ブラックホールの形成はすなわち「時空のゆがみ」の形成に他ならないから、人工ブラックホール形成が可能となった先にはワープ航法が見えてくるという訳だ。ちなみに「超時空要塞マクロス」の「フォールド航法」は時空を重力が漏れ出る方向を加えた五次元空間内で曲げて、漏れた重力と一緒に移動しているイメージかも知れない。まぁ、劇中の描写からは「船の周囲の時空を引きちぎって三次元空間内の別の位置に縫い付ける」というかなりめんどくさいこともやっているようだ。
また「キャプテンフューチャー」の「振動ドライブ」も同様に五次元空間内で四次元空間である時空を幾重にも折りたたみ、やはり漏れる重力と一緒に移動しているイメージに近いように思う。ただ「振動ドライブ」の場合は何度も「四次元時空」を突き抜けることになる訳だけど。「振動ドライブ」が可能なら任意の空間に様々な空間位置からの重力波を集めることも可能ということで、とてつもないエネルギー源を手に入れられることになるよね。
どうやるかって?
材料が豊富な空間を選んで、そこに新たな太陽を作れば良いだけですよ。
0 件のコメント:
コメントを投稿