要は今の私には分からん、という話。
アフガニスタンは基本的にタリバン勢力下だが、パンジシール地方が現時点で抑えられていないとの由。全くの勉強不足で、この辺りの展開が予想できる筈も無かった。
各種報道を斜め読みすると、この地域は実質的にタジク人の居住域で民族問題が無いこと、さらに統治を治めるマスード家は武勇に優れた人材を多数輩出してきており、求心力が強いとのこと。更に現在の当主は英、米での生活経験どころか軍務経験もあるらしく、明確に反タリバン姿勢を採っている。アフガニスタン政府軍の生き残りと言うか、そもそも精強な部隊故に当然のように未だ戦闘可能であるといった感じだ。当然、装備は米軍から得た最新式である。
パンジシール地方は峠を含む山岳地帯で、アフガニスタン中央から見て北東部への交通路、兵站線の重要拠点となっているようだ。空軍力を持たないタリバンには迂回する以外に手が無いが、これははなはだ非効率的で、兵站部隊が側面攻撃を受ける可能性を常に抱える形となる。
で、エントリタイトル記載の「タジキスタン因子」だ。現時点ではこれが読めない。タジキスタンは当然タジキスタン人中心の地、アフガニスタンの東北部で国境を接する。ソ連影響圏時代の清算、脱却の過程でのペルシャのアイデンティティの強調、インドや中共人民解放軍の駐留基地の存在など、どこと仲が良くてどこと仲が悪いのか勉強不足も過ぎて私には理解できていない国だ。
アフガニスタン空軍機の少なくない機体はタジキスタンにあるとされる。戦闘継続のための移動か、単にパイロットが逃げただけかは未だ分からないが、前者であればパンジシール地方~タジキスタン間の制空権確保や兵站線維持の役割を果すことも可能だ。これはタジキスタンがパンジシール地方のタジク人を支援すると仮定した場合の展開だが、ポテンシャルとして、アフガニスタン東北部がマスード家の影響下となる可能性を示す。この場合、アフガニスタン東北部は最低でも独立行政区、マスード家や当地の部族が望めばタジキスタン領となる可能性もあるかもしれない。
始終支離滅裂で信用ならないドイツは別にして、英米にとってはちゃんと戦っているアフガニスタン政府軍を見捨てることは筋が悪い。英米-タジキスタン関係は今後の展開に関わる重要因子に見える。
親タリバン国家はパキスタンで、現在パキスタンと仲が良いのが中共だ。反タリバンで知られる軍事集団として北部連合があるが、これはイランの影響下にあるとされる。中共はイランの取り込みに躍起だが、タリバンを挟むとイランとパキスタンは対立関係となり、中共は筋の悪い立場に置かれることになる。中共-タジキスタン間の関係も見直しが入るかもしれない。
別エントリで既に書いたように、住民が支持するならアフガニスタン全域をタリバンが施政下においても構わないと考えている。要は瓦解したアフガニスタン政府が「秩序」(≒安定した暮らし)を提供してくれないのなら、ベター論として「イスラム法による秩序」をもたらすタリバンを住民が受け入れるのは合理的な選択だ。それはマスード家による秩序でも同様だ。
タリバンが短期間にアフガニスタン全土を抑える、というのは完全に想定内で驚きも展開が早すぎるとも思わなかったが、パンジシール地方の登場で、輪をかけて先が読めなくなった。ただはっきりしていることは、米国は損切りに成功し、中共はお得意のねちねちした米国いじめの手をひとつ失ったことだ。中華人民共和国の外交部報道官とやらがやたら吠え始めているが、これこそ手詰まりの証左に見える。中共とタリバンとの接触は確かに多いが、報道を読む限りは本来絶対存在する筈の友好関係或いは相互に干渉しない関係の維持の前提条件が見えないし、実際にそのような関係が築けるかどうかも分からない。まぁ、英国辺りが地味に邪魔をしてくるのは見えている。
タリバンは一枚岩ではないと言われるし、実際そうだとも思うが、混乱時や戦時には民族間や部族社会内での縛りや損得を超越した協調のための枠組みとして機能する。もしこの考えが実態の一端でも捉えているならば、平時のタリバンが瓦解や内紛を避けるには民族、部族の共通価値観としてのイスラム法を全面に押し出すしかない。とは言え、この種の法の先鋭化は、住民にとっては時に独裁よりも質の悪いものとなる。「正義」が振りかざされるからだ。
現在のタリバンの体制では、エルドアン登場以降のトルコのような中途半端とも言える形のイスラム法的要素導入もできず、イランのように宗教指導者という政権と国民の間のバッファとしても機能する権威も導入できない。故に、戦闘が無くなってほどなくすれば民族間や部族間の損得調整に追われることになろう。が、この点においてもタジキスタン因子がある。タリバンが最も安定するのは敵対勢力との戦闘が継続している状態だ。だからパンジシール地方に精強な敵対勢力が居続けた方が良いし、北部連合の存在も同様だ。