2013/04/24

奥さん、論文査読お願いします。再び。

 職場の上司がとある学会の論文査読委員をやっている。先週に「ちょっと読んで。」と論文のコピーを手渡されたものの、抄録を読む限りかなりつまらなそうだったのでグラフだっけチェックしてすっかり忘れてしまっていた。昨日になって、ふらっと私の席へやってきた上司は「こんなの査読通して良いはずないよね?」と言う。全く同感だ。

 数値解析では何らかの妥当性確認(Validation)が必要である。例外は第一原理或いは連続体近似の下で厳密な支配方程式を直接解く場合か、統計的過程であることが保証される現象をモンテカルロ法などの統計的手法で取り扱う場合ぐらいである。前者の例としては気体や液体の運動を記述したナビエ・ストークス微分方程式を差分法などを用いて直接数値的に解く場合、後者の例としては原子炉内の中性子の数密度やエネルギーの分布などを解く場合が挙げられる。しかしながら、流れの直接数値シミュレーションでは例えば空間離散化時の空間分割幅や密度の取り扱いに吟味が必要だし、後者では例えば統計ノイズや乱数発生アルゴリズムなどの吟味が必要となり、いずれにしても解析結果を妥当と判断するためには結構手間がかかってしまう。むしろ試験結果との定量的比較の方が手間に見合う場合が少なくない。特にエンジニアリングではコストである手間の合理的な低減を重視せざるを得ない。

 件の論文は、数値解析用の幾つかのモデルを提案し、それらモデルを用いた解析結果を示しただけのものである。解析結果だけを見れば新規性があるとも見なせるが、査読者は何をもってそれら解析結果が妥当と判断すれば良いのだろうか。どだい無理な相談である。

 モデル単体の妥当性確認はもちろん、最終的な解析結果についても妥当性確認が一切為されていない。理想的な数値シミュレーションの妥当性確認プロセスの観点からは、①:解析対象の階層分解と重要度ランキングテーブルの作成とレビュー、②:①の結果に基づくモデル単体及び最終解析結果の妥当性確認の計画立案と実施、がざっくりと言って必要である。エンジニアリングの世界では最終的な解析対象はまだ存在しない場合が多いから、対象とする現象の支配因子が何かや妥当性確認に利用可能な既存知見の有無などを①のプロセスで徹底的に洗い出し、かつモデル単体の妥当性確認によって最終的な解析結果に一定レベル(例えば、解析結果の精度が設計で見込む余裕よりも良い)の信頼性が確保できるという論理的道筋を明示しなければならない。

 ここでは、①のプロセスだけでも論文と成り得る点を指摘しておこう。これは、①のプロセスが一週間やそこらでできる簡単な作業でなく、かつ極めて深い専門性が要求されるという事実の裏返しでもある。

 件の論文は却下されるだろうと思う。もし却下されないようなら、そんな学会なんて無くていい。

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