2025/08/07

大抵のボカロPはDAW使いである

  とあるネット上の記事と言うか評論家とやらのコラムと言うかで、(元)ボカロPが昨今のヒットメーカーの多くを占めるとした上で、その原因を考察していた。何か色々と書いてあったが、ボカロに比重を置く考察にそうじゃない感が凄かった。個人的には「大抵の(元ボカロPは)自分の作りたいものをDAWを介して出力することが当たり前」であり、そのための「ノウハウを蓄積している、ワークフローを確立している」で十分説明できると思う。加えるならば、ボカロPのすそ野は広く母集団が多いので、そりゃヒットメーカーもそりゃ出て来るでしょうよ、ともなる。

 作詞、作曲、編曲、ミキシング、マスタリング、ボーカルやアコースティック楽器の録音といった、音源の納入に先行する全ての過程はDAWで完結し得る。となれば、出来上がりのイメージをまず持ち、製作過程でそのアップデートを続け、かつその時点での出来上がりのイメージに寄せていくノウハウを持つ音楽クリエーターにとって、DAWは最適と言って良い楽曲作成ツールだ。ボカロの運用にDAWは必須だ。すなわち優れたボカロPがDAW使用にも長けるのは必然だ。

 出来上がった楽曲はクリエーターのセンスをダイレクトに反映する。上述したように「作詞・作曲・編曲」がクレジットされる音楽クリエーターは今や当たり前となり、ボーカルも自ら担当することも珍しくなくなった。またとあるアーティスト/音楽クリエーターは、自曲を解説する動画配信内で「ここでいったん転調してまた直ぐ転調して調(キー)が戻っているよね。音楽理論は詳しくないので具体的に説明できないけど」旨を語り、視聴者から具体的な調(キー)を教えてもらったりしていた。これはそのアーチスト/音楽クリエーターの感性や快感則、或いは記憶や楽器の演奏技術・経験などに裏付けされたセンス/ノウハウに基づいて転調が為されたことを示唆しているように見える。「大抵のボカロPはDAW使いである」の一文で解決、数ページ使ってのもっともらしい考察は不要かと思う。敢えて加えるならば「そもそもボカロPの競争は厳しい」ことぐらいだろうか。ボカロPと呼ばれるようになれた時点で、当人は何らかの一線を既に越えている、頭一つ以上は飛び出している。

 MIDIシーケンサーがコモディティ化し、PC(と言ってもNEC PC-9801シリーズ)用のMIDIシーケンサーアプリケーションが普及し始めたころ、細野晴臣氏は「楽器の演奏技術が無い人間でも音楽ができるようになるメリット」を歓迎しつつも、同時に「音楽をやらなくてもいい人が音楽をやることが引き起こすデメリット」にも言及したと記憶している。デメリットの一つは粗製乱造の増加あたりだろうかと思う。上記のDAWの話は一見この話と似ているが、音楽の流通環境の違いが話を完全に別物としている。現在は様々な流通チャンネルがあり、出来の悪い楽曲でも一時的にプールしたり、取り合えず聞き放題サービスの再生リストに加えるぐらいの余裕が現在の流通機構そのものにある。他方、DAWは小学生でも使え、スタジオ使用無しでの楽曲製作を可能とした。才能やセンスが輝き出し、発見されるまでの時間的余裕は長くなり、未来のヒットメーカー候補の母集団は大きくなり、楽曲製作のコストは大幅に下がった。

 暴論覚悟で新ためて言ってしまおう。現在はボカロの使用のためにDAW使いとなったアーチスト/音楽クリエーターの上澄みが活躍しているタイミングなのだ。キーはあくまでDAW、ボカロはDAW使いを生む(重要な)一つのきっかけに過ぎない。だから、「(元)ボカロPが昨今のヒットメーカーの多くを占める」ように見えるならば、それはそのように見ているからに過ぎないということだ。

2025/07/07

Questyle QCC Dongle、ファームウェアアップデートができない

 Androidタブレット上の専用アプリからだが、様々なパターンでとにかくアップデートに失敗する。まぁ「アップデートが成功しました」と表示した上で死なれる(使えなくなる)よりは無限大倍マシ。

 因みに本品は「Pro」が付いていないのでLDACは使えない。が、AndroidタブレットではLDACは標準なので何にも困らない。何より価格が安い。 

2025/06/29

Questyle QCC Dongle Pro、ファームウェアアップデート作業にて死亡

  ファームウェアのアップデート(恐らくバージョン1.47⇒1.50)をAndroidタブレットの専用アプリ上から実施したところ、全く使えないものに。アプリ込みでなかなかに使い易く、aptX LosslessやaptX HDでの接続で重宝していたので実に残念。いやぁ、ちゃんと動作していれば結構良い製品だと思う訳です、私の使用機器には相性問題もありませんでしたし。週明けには会社の同僚にお勧めしようかなんて考えてた矢先の出来事。

 いまやタブレットやPCに刺してもLEDが光ることもなく、アプリからも認識されず。Androidが「どういう機器か」を判定できていない様子ですね、Windowsならデバイスマネージャー上で「?」と表示されている状態が近いかも。

 PCからの強制アップデートが可能なファイルも用意されていないようで、打つ手無し! 

2025/06/21

2025/6/10 士郎正宗の世界展

  爪表面の輪郭と爪半月と爪の角質化済部分との境界を1本の線で、更に指の輪郭と爪と皮膚との境界をまた別の1本の線で。そういう線の引き方を始めて見た、考えたことも無かった。

 ああ、ペンはカブラだったのか、何故40年も気づかなかったのか。とは言え、ケント紙よりも引っかかりが大きい筈の紙の上にカブラペンを走らせるとき、手首はどんな動きをしていたのだろうか。 

 電子化以前の下書きの排除方法には唸った。1ページのためのラフスケッチ(下書きの役割を果すもの)が複数あるのも当然だ。ラフスケッチでは手首までしか描かれていないが、横に展示されていたペン入れされた画には、グラブを付け、軽く握られた手が描かれている場合もあった。それらの2つの画の間の画が存在したことは無かったのだろうか。

 大学時代の友人に誘われ、士郎正宗の世界展 〜「攻殻機動隊」と創造の軌跡〜世田谷文学館)に昨日行ってきた。魅了されるでもなく、引き込まれるでもなく、それでも1枚々々の画の隅から隅まで視線を走らせ続けた。この距離感が私特有のものなのかどうかは分からないが、私にとっての士郎正宗氏はマンガ家であることは大きく、目の前の1ページ分の完成原稿やラフスケッチなどを一枚画として「鑑賞すること」はできなかった。右上から左下へ、展示された現行類の説明に付されたページ順を示すイナズマのようなギザギザの線に従うように、ページ内のコマからコマへ、ページからページへと、視線と頭の位置が動き続けていた筈だ。

 私事で恐縮だが、「APPLESEED」が出版された1985年の春に私と件の友人は大学生となった。大学のある都市の繁華街にマンガ専門書店があり、「APPLESEED」が平積みされていた。「攻殻機動隊」の連載が始まったのは大学生活の最終年度だった。高校生時代には、近所の小さいながらこだわりのマンガ専門書店の店長となじみ客の会話や、地元大学の映画研究部との付き合いの中で、「とにかく関西方面の動きが面白いから目を離すな」という話を何度か耳にした。何のことはない、士郎正宗氏も所属していた漫画研究団体「アトラス」と映像制作集団「ダイコンフィルム」の話だった。改めて今日調べてみたら、「関西」よりもむしろ「大阪芸大」と言った方が正確だったかもしれないのは改めて小さな驚きだ。

 話は展示会場に戻る。会場内は写真撮影可であり、スマホなどで撮影する人は何枚もお気に入りのイメージを何枚もフレームに収めていた。うっかりするとあと30年ぐらいは生きてしまうかもしれないが、人生のアガリが既に見えてきている私は全く撮影しようなんて気が湧かなかった。ただ「自分でも改めて『線』を引きたくなった」。「画」でも「マンガ」でもない。才能が無くても線を描くことぐらいはできるだろうとふと思った訳だ。再現すべきは、或いは理解すべきは線そのものではなく、線の接続関係が示すトポロジカルな構造で十分だ。世田谷文学館の出入り口を出て直ぐ右手、水路の透明な水の中を鯉達の姿を上から望める手すりに体重を預けて一息つきつつ、隣の友人にそんな話をした。「写真を撮っている暇があるのなら、さっさと画材を買いに走るべきではないか?」。実際、今私の周りには様々な無数の「線」が描かれた紙が10枚ほど散らかっている。

 自身の終焉においてデジタルの写真データをその先に持っていける筈もない(ネット上に生まれたかつてない生命体と一体化できれば話は別だ)。でも目を介して得た記憶と、実際に腕、手、指を動かして身体に覚えさせた線の引き方はもしかしたら先へ持って行けたり他の人に伝えることでこの世に残せるかもしれないなどと考えるとか、本当に心の準備ができていないのだなぁと改めて思う。士郎正宗の世界展は、そんな日常では考えないだろうことを考える機会もくれたようだ。

 これまたたまたまうっかりこのページを目にし、関東圏に居住していて、かつまだ開催期間であるならば、是非足ヲ運バレタシ。特に少しでも自分の人生と彼の作品とにリアルタイム乃至はそれに近い交錯の機会があったのならば、「人それぞれの見方」ではなく「宇宙が生まれてこのかた、その人のみの持つ経験」に基づく体験の場となり得る筈だ。自分の人生とのリアルタイムな接点の無いゴッホやリキテンシュタインではこうはいかなかった。

 あと、コラボ作品(世界展の公式ページでも見ることができる)として展示されていた北久保弘之氏の画には友人共々食いついた。右下に書かれた「原画描きたいなぁ」は是非実現して欲しいと思う。こっちも考えると、まだ終わる訳にはいかなさそうだ。